こーべ通信:悪とは惰性。
岩波『世界』、フィヒテ、赤サフ、サボタージュ実験、宇宙太陽光発電×Meta、GLP薬×ウェディングドレス、将棋・順位戦、ドラッカー自伝、リフォームUKの今後、新しい仕事、ベーグルづくり。よい一週間にしましょう。
街を歩けばすぐ”それっぽいもの”に当たるようになった。駅前や安定した人流が見込めるところには見慣れたチェーン店が並び、看板に載る情報は標準化され、キャッチコピーや画像も広義の「安い早い美味い」をアピールする同じ切り口・画角のものばかりだ。仕事の現場でも、生成AI丸写しのリサーチ、分析、資料が目につく(鼻にもつく)。正直、お話にならないものばかりだ。世界のフラット化、どんどん加速していないだろうか。微分も正、二回微分も正の加速っぷりである。未開のフロンティアがどんどん少なくなっている。知人のひとりは、もう道のない山に登ることにしか興味が無いという。GWに和歌山の山中に籠もるような人だ。彼は本物だ。
私は、できるだけ迫力あるものに触れたいと思う。太平洋戦争敗戦から4ヶ月後に誕生した岩波『世界』の創刊号、復刻したものを最近読んだのだけれど、すべての文章に迫力がある。発刊の辞に続くのが『剛毅と真実と知慧とを』(安倍能成)、いかにもである。論考は「今日の日本における道徳の位置は最も危殆である」の書き出しから始まる。闇米が公定価格の50倍で取引されるほど食糧不足で、11月には日比谷公園で大衆大会『餓死対策国民大会』が開かれるような時に、である(めちゃくちゃな迫力がある場だったはずだ)。
現実の嶮しさ厳しさ乏しさは、背に腹はかえられない、礼節も道義も棄てて顧みる暇なき環境を日毎に増大しつつある。一たい戦争はその勝敗如何に拘らず、その国を挙げての強行から生ずる無理によって人間性を傷つけ、一方部分的に道義の昂揚は見ても、それよりも更に多く道義の傷害と顔廃とを来すものであるが、敗戦となれば如上の諸状況が加わって、それは一層厳しくなる。かかる所与の条件は、人間の自然本能たる利己的欲望を助長してこれを放恣ならしめると共に、人間の理想的欲求を涸渇せしめる。フィヒテは悪とは惰性だといった。物理学的の惰性とは、動ける物はとれを止める力がなければいつまでも動き、止まれる物はこれを動かす力がなければ静止を続けると共に、外の力のままにその動きを増減するの謂であって、これは人間にあってはその自然的傾向、即ち動物的本能となって現われる。 (『翻刻 世界 創刊号 昭和二十一年一月号』 p13)
18世紀のドイツの哲学者ヨハン・ゴットリープ・フィヒテは20代を困窮のうちに過ごした。カントの助力を得ながら論文を書き、名を挙げ、無神論者のレッテルとともに大学を放逐された後に記したのが代表作の一つ『人間の使命』である。曰く、人間とは『自己活動(Selbsttätigkeit)、自発的行為、絶えざる自己超克』によって定義づけられるものであって、自らを物体化し、受動性、習慣への埋没、与えられたものへの安住をデフォルトとするのは明確に悪である。外力がなければ状態を変えようとせず、簡単に人や外的なものに流され、自分で方向を生成しない人。なるほどたしかに惰性は悪である。そして、彼の定義に従うなら、”それっぽいもの”をつくるのも、それに従うのも、いずれも悪であるのだと思う。そこに自己はあるのか。
自己活動とはなんだろう。自ら方向を立て、自ら法則を与え、自ら自己形成すること。フィヒテは「行為せよ。世界を自己活動で生成せよ」という。「人がどんな哲学を選ぶかはその人間がどんな人間かによる」との言葉を残した彼は、人間を強く信頼していたと言える。あるいは、信頼できる人のみを人間だと認めていた。
Nicht bloßes Wissen, sondern nach deinem Wissen Tun ist deine Bestimmung.
単に知ることではない。自らの知に従って行為すること、それがあなたの使命だ。
惰性から迫力あるものが生まれることはない。生成AIを使えば簡単に副業で小金が稼げて、先人がつくったフォーマットやセオリーに従っている方が色々”うまくいく”のだろうけど、そこにあなたはいるのだろうか。迫力を生まない仕事が、金稼ぎ以上の意味を持つことはあるのだろうか。
同じように惰性を嫌ったオーストリアの詩人ライナー・マリア・リルケは「変化しない存在は既に死んでいる」と言った。詩『アポロンのトルソ』末尾ではまっすぐに”Du mußt dein Leben ändern.(おまえは自分の生を変えねばならない)“と書いている。私たちは自身の生を変えなくてはいけない。自らの知を広げ、使い、惰性に抗って世界を生成すべきである。
さあ、今日から活動を始めよう。違う通勤路を選び、ランチは初めての店を選び、話しかけたことのない同僚と雑談をしよう。AIで惰性を高速再生産している輩は無視することだ。惰性を打破することがあなたの仕事である。
お便りをお待ちしています。
💼心惹かれたもの
赤サフ:仏・ルサッフル社の赤ラベルイースト菌。先週末に元気のないイースト菌を使ったら全然生地が膨らまずテンションが下がっていたのですが、こちらに切り替えたらベーグルがふわっふわに。3g毎の個包装がありがたい。菌は生き物、を実感。 link
✏️読んだ/読んでいる
📃記事
1年間社内隠れニートをしてみよう!その実験記録:知人に共有したら「まさに私が考えていること」と反応があった記事。ロンドンのしっかりした企業で10年働いた著者は、ある日自分の仕事の意味を疑い、1年間まったく働かないという実験に踏み切る。週次ミーティングの直前に15分だけ進捗の体裁を整え、それ以外の時間は旅の計画に充てた。誰一人著者のサボりに気づかぬまま1年が過ぎ、自ら退職するまで実験は続く。引き出された結論は『現代の仕事の多くは成果ではなく、努力しているように見える演技を中心に組み立てられている』というものだ。デヴィット・グレーバー『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』ど真ん中の、皮肉と笑いの詰まった何かだった。しかし、勇気ある実験だ。 link
GLP-1薬が変えるウエディングドレス商売:米国のウェディングドレス店が、購入の場で法的署名を求め始めた。理由はGLP-1薬である。数週間で1サイズ以上痩せる花嫁が現れ、購入時と式当日で4サイズ違うドレスを着る事例が米掲示板に並んでいる。今年結婚するカップルの花嫁のうち10%がGLP-1薬を服用中で、デイビッズ・ブライダルのCEOによれば式まで45日前の急ぎ注文がここ数年で倍増した。消費財の市場規模減を語る生地はたくさんあるけれど、イベント支出の商習慣がどう書き換えられるかを淡々と追った良い生地だった。link
メタ社は宇宙太陽光発電に賭ける:昨年末のレターで紹介した宇宙太陽光発電スタートアップ・Overview EnergyとInstagram/Facebookの運営元・メタ社が契約を締結。千基の衛星を静止軌道に並べ、宇宙で集めた太陽光を近赤外線ビームに変換し、地上のソーラーファームへ降ろす計画。Metaのデータセンターは2024年だけで1万8千ギガワット時を超える電力を飲み込んでいる。なりふり構っていられないいま、多少怪しげでも新しいエネルギー源にリソースを突っ込む。さてどうなることか。 link
銃を持たずゴリラに歩み寄った研究者の物語:1959年、当時26歳の研究者・ジョージ・シャラーは銃を持たずにコンゴのゴリラたちに歩み寄った。当時の動物学は、標本か檻のなかの個体しか相手にしておらず、デカルトからスキナー(懐かしい!)へ至る系譜は動物を『無感覚な自動機械』とみなしていたともいえる。シャラーはあえて武装を拒むことで動物との関係そのものを変えられると考え、ライオンやトラ、クマとも何年もかけて信頼を獲得することでより深い研究を可能にした。共感と直感を野外研究の道具にした、ほぼ一人の科学的逸脱の記録である。当時の合理性に従うなら武装は必然だったはずで、信念は論理を超える、の実践がそこにあったのだ。AIが論理を教えてくれる時代、改めて読み返すべき論考。 link
AI好感度、Z世代で最低:AIを最も使う世代が、最も強くそれを嫌っている。ギャラップの最新調査ではZ世代のAI楽観層は18%まで落ち込み、むしろ怒りを感じると答えた割合が31%まで上がった。NBCニュースの調査ではAI好感度は移民税関捜査局(ICE)より低く、とある大学の調査では半数超がAIは害があると答え、懸念を持つ人は8割を超えていた。生地論者はこれを「AIに対する社会的許可を欠いた状態」と呼ぶ。技術側の前提と市民側の感情が、もはや別の地図上を歩いているともいえる。テックを推進する側にとって、技術の『できる』に従ってひたすら前進し楽観論を再生産するよりも、まず向き合うべき何かがここに潜んでいるのかもしれない。link
ホルムズ海峡・MrBeast・クリエイター経済が象徴する『非対称的相互接続性』:ホルムズ海峡では、イランの非対称兵器が世界の石油の2割超を握れる構造ができている。MrBeastの月間再生数は30億回でスーパーボウル視聴者を上回り、ユニリーバが主導するクリエイターネットワークはわずか2年で1万人→30万人へと拡大した。ゴールドマンは2027年にクリエイター市場が4,800億ドルへ達すると見る。鍵は規模ではなく、誰がどの接続点を押さえているかだ。AIで増幅される時代の戦略概念として、著者は”非対称的相互接続性”を掲げる。経営の言葉が地政学と陸続きになる感触がある。link
富裕層消費の均質化、その向こう側へ:世界中の”銀座””表参道”は、同じようなブランドで埋まり、富裕層が身につけるもの、消費するものの同質化はますます進んでいる。これは最近までのトレンド、『隠れ贅沢/Stealth Wealth』の一つの帰結である。その流れに抗うように台頭しているトレンドが『ニッチを求める富裕層/Niche Riche』。パリのメゾン・ボネはカスタム眼鏡を2~3千ドルで誂え、LAのブランドテンポはアポイント制でかつ商品点数を絞り、個性が薄まらないように細心の注意を払っている。希少性が再び価値の源泉に戻る兆しを見せている。インフルエンサー時代の終わりかもしれない。 link
複製可能資産の下落と希少資産のスーパーサイクル:流れで、希少性のお話し。19世紀末のアメリカ、新興富裕層は莫大な富を抱えながら、社会的地位を欠くという居心地の悪さに苦しんでいた。美術商ジョセフ・デュヴィーンはそこを突き、ヨーロッパの希少な芸術品を高値で売り渡し、自身も富裕層の仲間入りを果たした。ヴァンダービルト夫人もまた、ニューヨーク上流から弾き出されたものの、第五番街に移築したフランスの城と豪奢な夜会で地位を取りもどした。著者の見立ては鮮やかである。複製可能なものの価格が下がるほど、希少なものは静かに高みへ移動する。AI時代の資産論。AIという複製可能なものでリッチになった人たちは、消費・浪費対象として強く希少性を求めるのかも知れない。 link
「探索→活用」の順序が後の集中期を生む:ノースウェスタン大学のダシュン・ワンが2万人を超える芸術家・科学者・映画監督の経歴を辿り、創造性の源泉として特定したのは行動の順序だった。先に幅広く探索し、しかる後に集中して活用する。この順序を踏んだ者にだけ、後の集中期が訪れるという。停滞期に意味を見いだせず焦るとき、自分が今いるのは探索段階か活用段階か、と問い直す視点を与えてくれる記事だった。探索ならば悠々と続け、活用段階にいるなら何かを見直さなくてはいけない。 link
ブレインロットは原因ではなく結果、プラットフォーム設計の研究:メタ社の法廷提出資料によると、Instagramの利用時間のうち友人のコンテンツに費やされているのはわずか7%、Facebookでも17%に留まる。友人との交流はリコメンドエンジンに基づくインフルエンサーコンテンツや広告に圧倒され、ユーザーはネットワークのいちノードではなく、単なる受動的な視聴者へ姿を変えられている。24人への質的インタビューを行った別の研究は、ブレインロット/脳腐敗を認知低下の原因ではなく結果として位置づける。まず先にあるのは無限スクロールと自動再生であり、脳が崩壊するのはその結果に過ぎない。怠慢を叱る代わりに、何が先に起きていたかを問い直す。順番を逆さに見るとき、責められるべき相手は変わるはずである。link
サンクコストの誤謬:農耕が始まる前の人類は、土地が機能しなくなれば淡々と(渋々)移動を決めた。しかし定住が始まったときから徐々に、留まること=美徳の価値観が広まっていく。『ファスト&スロー』のダニエル・カーネマンが示したように、人間の脳・脊髄は損失を利得より重く感じるよう配線されている。教育についても同じだ。18歳時の選択に縛られ、自らの能力や希望と現実とのズレが明らかになっても、議論はいつも、すでに費やしたもの(=サンクコスト)を巡って繰り返されることになる。離れることが非合理に見える本当の理由は、投じた時間や金が自己認識の一部になっており、手放すことが小さな死に感じられるからである。動かない自分を内側から照らそう。あなたを縛っているのは非合理が詰まった埋没費用かもしれない。 link
📙本
夜を戦う 純情順位戦:将棋・名人位を争うタイトル戦、順位戦に臨む棋士を取材した朝日新聞連載が1冊の本にまとまっています。羽生先生や藤井聡太六冠、伊藤匠二冠など「優秀者」として取り沙汰される方々だけではなく、引退間近のベテラン勢、C級で日々努力されている先生方まで幅広く取り上げているのが素晴らしい。心にくる文章が多かった。木村先生がしたためた『冬夏青青』、大切な言葉が一つ増えました。 link
世界 6月号:世界を見つめよう。迫力ある文章を読もう。ただそれっぽい人、で終わらないために。創刊号は普通に書店で買えます。月刊誌は購読で。 link
既に大西洋同盟は分解し、ヨーロッパ諸国はアメリカに依存しない安全保障を模索している。米中間の軍事対立が直接の戦争となる可能性はまだ低い。だが、中国の習造平政権が、イラン戦争の引き起こした国際関係の混乱と動揺に対して希望的観測に立って解釈し、米中戦争の犠牲より台湾に対して大規模な竜撃戦のもたらす利益に期待をかける可能性は残る。一つの投機的で無責任な戦争は、他の投機的で無責任な戦争の機会を開き、戦争の連鎖が世界規模の戦争を生む可能性を高めてしまう。
世界戦争が不可避となったわけではない。しかし私はもはや、ある戦争が世界戦争にエスカレートする危険が少ないということはできない。危うくもろい国際秩序の床が抜けてしまった。 (藤原帰一『世界戦争への道』 p21)
傍観者の時代:ドラッカーの自伝的書籍。従来の能動的な参加だけでなく、観察から学び、間接的に社会を動かす姿勢こそが現代人にとって必要な能力だという。よい市民たれ。 link
📻観た/聴いた
Login.jp_/列車の中でDJを:本物のクールジャパンだ。このほかにも、印刷所や銭湯、文房具店なんかで収録したものもBGMとして最高。提灯づくりの現場で収録した動画についたコメントに100%共感。さぁ、人間の仕事をしよう。
In a world of AI slop, this channel stands out like a star. (@deepstonecostco)
🧩感じた/感じている
迫力のみを追い求め、知性や理性を軽んじ始めると扇動家and/orメディアクレイジーマンになってしまうので注意が必要。Youtubeに喧嘩コンテンツが溢れていること、意味不明なことをどや顔で押し切る言論人がデカい顔をしていることを考えると、迫力礼賛は危険でもある。
Substackの投稿上限を無視し始めてから調子がよい。私は書きたい長さで書く。たとえメール本文にカットが入ってでも、私は好きなだけ好きなように書く。
環境や役職のために得られているものを、地力の産物だと思わないこと。 link
🍵関心事
英国政治の未来。地方選で大敗し1,400超の議席を失った労働党、イングランドで第4政党にまで地位を落とした保守党、その一方で得票率26%で最大政党となった新興勢力・リフォームUK。二大政党制の終焉か。米国の予備戦もどうなるんだろうね。
名人戦、残りの対局で糸谷先生がどんな指し手を見せるだろうか。開幕3連敗で次は後手番。糸谷先生の哲学が盤上に表現されている各棋譜、宝物です。しかし第3局、藤井先生の4五歩は、人間の勝負を見た気持ちだ。
🥑活動報告
先週から新しいデジタルヘルス系プロジェクトが始まり忙しくしています。立上げ期は考えることがたくさんあり、ホワイトボードと過ごす時間が長くて楽しいです。
今月、大分・別府に行きます。車を連れていくので、オススメの場所があれば教えてください。久住高原を駆け抜ける予定だけ決まっています。
国産小麦を仕入れ、またベーグルを焼きました。自分なりの生成活動であり、世界への抵抗です。
お便りをお待ちしています。



