昨年7月に米国で公開、今年のアカデミー賞で13部門ノミネート・7部門受賞した話題作を観てきました。原子爆弾の開発に成功したことで「原爆の父」と呼ばれたアメリカの物理学者ロバート・オッペンハイマーの栄光と挫折、苦悩と葛藤を、クリストファー・ノーラン監督が描いた3時間の大作です。
第2次世界大戦中、才能にあふれた物理学者のロバート・オッペンハイマーは、核開発を急ぐ米政府のマンハッタン計画において、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。しかし、実験で原爆の威力を目の当たりにし、さらにはそれが実戦で投下され、恐るべき大量破壊兵器を生み出したことに衝撃を受けたオッペンハイマーは、戦後、さらなる威力をもった水素爆弾の開発に反対するようになるが……。
劇中では当然、ヒロシマ/ナガサキが登場します。直接映像としては流れないものの、悲惨さを想起させるシーンがいくつか登場します。原爆投下成功を祝う式典のシーンでオッペンハイマーの足もとに黒焦げになった人体が幻想で登場したり、投下後数日経ったヒロシマ/ナガサキの映像をロスアラモスの研究者が痛々しい表情で観ている場面など。↓Voxの記事にもあるように、「核兵器の恐ろしさは十分に描かれていない」という人もいます(ぜひ作品を観てから記事を読んで欲しい)が、本作が彼の自伝をベースにしてものである以上、まぁそういうものでしょう。中盤に核爆弾の爆破実験を行うシーンがあるんですがそれがすごい音響的迫力で、これを通じて世界中の人に原爆を使うことのインパクトとその悲惨さが伝われば良いなと思います。rebuildでhakさんがおっしゃっていた通り、IMAXでの視聴をおすすめします。
私が感じたこの映画のテーマは「矛盾」でした。オッペンハイマーが主に研究していた量子力学自体が矛盾に満ちあふれたコンセプトから始まっている(光は波であると同時に粒でもある)のはもちろん、核抑止力の概念自体が『核兵器を存分に使えるからこそ使わずに済む』という矛盾をはらみ、国を救ったヒーローたるべきオッペンハイマーが共産主義弾圧の世相を受けて弾劾を受けるシーンも矛盾に満ちあふれています。さらに、客観性を重んじるはずが「〜主義」に傾倒していく科学者たち、オッペンハイマーの不倫に苛立ちながらも彼を守ろうとする妻の振る舞い、さらには検事まで招聘してオッペンハイマーを裁こうとする場を「裁判ではない」という名目で運営する黒幕の人物など、全員が矛盾を抱えて生きている。
また『日本人視点でこの作品をどう見るか』という観点で、印象に残ったレビューがありました。
ヒトラーが自殺し、ナチス・ドイツが降伏した際には、「もう日本の降伏も時間の問題だ」と政府関係者も科学者たちも認識していました。大統領が「東京大空襲で、10万人の犠牲者が出て、そのほとんどが民間人だった」ことを憂慮しつつも、「そのことに対して、アメリカ国内から反発の声が出ていない」と、やや拍子抜けしたように語っていたのです。
「勝つか負けるか」という戦争ではなくて、日本に勝つことはもう自明の理だから、戦後のソ連との関係のほうを重要視していた。
僕は硫黄島での激戦や沖縄戦での多くの民間人の犠牲、特攻隊として出撃していった若者たち、そして、広島・長崎での原爆投下を歴史の記録として知っています。日本では語り継がれている彼らの犠牲は、何だったのだろう?
さらに、
オッペンハイマーは極めて優秀な「原爆を完成させるプロジェクトマネージャー」であり、それが限界でもあった。
逆に言えば、原爆の使い方に対して確固たる理想や思想はなかったけれども、それを完成させられる能力はあった。
オッペンハイマーは偉大な物理学者ではあったけれど、僕はこの映画を観ていて、アドルフ・アイヒマンを思い出さずにはいられなかったのです。
何にしても、観る価値に溢れたいい作品でした。心身が元気な時を見計らって、ぜひ映画館を訪れてください。
✏️読んだ/読んでいる
📃記事
日本は映画『オッペンハイマー』をどう観たか:米国メディアのレポート。元広島市長のコメントは重いですね。 (Vox, link)
令和6年度東京大学学部入学式 総長式辞:これぞ東大、とても良い内容でした。「自分がこれまで信じ、いまも正しく感じていることを、客観的に評価しなおすことは簡単ではありません」働き始めるといっそう感じます。 (Univ of Tokyo, link)
日本の未来はコンビニにある:The Economistの論考で、移民や多文化共生のお話しでした。記事に突然登場する南阿佐部1丁目のセブンイレブン。読後感想:言語の壁はお互いにあるんだけど、お互いに気持ち良く受けいれていく前提でやっていきたい。「移民排斥!」と叫ぶ人たち、コンビニやファミレスでどんな風に振る舞っているんだろう。毎回いらだっているのかな。 (The Economist, link)
ジェネレーティブな愛:ニュースレターを毎号拝読している小関悠さんが書いた3月のショートショート。タイトル表現も、文体も、結末もすっきりとしていて大好きです。5分空き時間ができたらぜひ読んで欲しい。2月の作品「家の更新」もおすすめです。 (youkoseki.com, link)
Amazonの収益構造を眺めてみよう:売上高の16%を占めるAWSで営業利益の67%を稼ぐ。自社物流の強化やWholesaleの買収などにより全米第2位の民間雇用主でメタ社の22倍の従業員を抱えている。同時に、22年末以降社内のほぼ全領域で27,000人以上の役職を削減してきた。すべてがバカでかい、軍隊組織ですわ。 (Chartr, link)
嗅覚は「予測」に左右される:ストックホルム大学がfMRI等を用いて研究。視覚や聴覚はそれ単体で脳に影響を及ぼすものの、嗅覚は、その本人がどのように状況を予測しているかによって感じる内容が変わるんだと。同時に、脳が予期していなかった匂いを識別しようとするとき、視覚的な手がかりがないにもかかわらず、嗅覚と視覚の両方の脳が活性化されることも示された。 (Stockholm University, link)
長期記憶を作るにはDNA損傷が必要:アルベルト・アインシュタイン医科大学の研究で、DNA損傷と脳の炎症がなければ長期記憶を作ることができないとのこと。これまでは脳神経細胞の炎症はアルツハイマー病やパーキンソン病に繋がる「避けるべき事象」と見られていたが、脳の海馬領域にある特定のニューロンにおける炎症はむしろ長期記憶を形作るために必須だと判明。 (Nature, link)
激しい運動をしても体重は増加することがあるのはなぜ?:筑波大学/東京都立大の研究。激しい運動をしたにもかかわらず体重が増加してしまうのは、それによって非運動時のエネルギー消費が減少するとともに体温やサーカディアンリズムの疲れに繋がるからだと。何事もほどほどに。 (IT Media, link)
"ため息ルーティーン"は不安を吹き飛ばすのに役立つ:先週のニュースレター冒頭で紹介した呼吸法「4-7-8テクニック」でもわかる通り、精神状態の安定を取り戻すために優れた方法の一つが呼吸への意識です。5分間、↓のルーティーンを繰り返すのがスタンフォード医科大学お墨付きの手法。お試しあれ。 (Stanford Medicine, link)
鼻から息を吸い、肺を無理のない範囲で満たす。
口から更に深く空気を吸い込み、肺をできるだけ広げる。
空気がなくなるまでゆーーーっくりと口から息を吐く。
↑を2~3回繰り返す
自分を野生化する方法:家とストレス過多の職場の往復、食事はUberEats依存の生活をしていた人がどうやって生活を取り戻していったかの記録。生活圏の外に出て、森林や海の空気をたっぷり吸おう。 (Psyche, link)
ロジカルシンキングのすべて:「論点ってなんすか?」みたいな話をクライアント若手にされたときに一緒に読み解く記事です。学術的な論理性を追い求めてきた人ほど、ビジネス現場におけるロジカルシンキングが苦手な印象。いつ読んでも新しい発見がある、豊かで厳密な現場のロジカルシンキング論です。 (liffel.com, link)
📙本
組織―「組織という有機体」のデザイン 28のボキャブラリー:亡くなられた元マッキンゼー・横山禎徳さんに対する慎泰俊さんの追悼文を読んで、横山さんの著作を読み始めています。私がいかに組織というものについて無知か、思い知らされています。↓戦略の要諦もこの本も、5年前に読んでも何も理解できなかったと思う。その意味で私は成長しているのかもしれません。 (Amazon, link)
一般に組織改革とか組織改組などと言うが、その目的は「組織を変える」ことではない。「人々の行動を変える」ことが目的である。 どんなに大々的な組織改革を行っても、人々が行動を変えず、昔どおりの馴れ親しんだ価値観と行動をしているのであれば、その改革は失敗である。「人の行動を変える」という目的にとことん執着することを忘れてはいけない。(Kindle位置:145)
戦略の要諦:新卒の子たちもそろそろ感じてくれていると思うんですが、ビジネスの現場はどこも不条理に溢れています。戦略立案・実行も、その前提に立ち返って考え直すべきだと思うんです。 (Amazon, link)
ある空軍大佐とジェット戦闘機の性能について話したとき、「完璧な」戦闘機とはどんなものかと質問したことがある。すると彼の答えはふるっていた。「そうだね……どこからも文句の出ない完璧なものにするには、部品の発注先をアメリカの全部の州に割り当て、さらにその製造を州内で各選挙区に均等に割り当てなければなるまい」。(Kindle位置:2,539)
ゴールデンカムイ:アイヌの文化に惹かれています。道東に暮らしたアイヌの人たちは、野いちごのことを「実が赤くなるタイミングで鮭が遡ってくるから」という理由でサケイチゴと呼ぶようです。素敵な自然感覚。すべての単行本に載っている↓の言葉が大好きです。 (Amazon, link)
“カント オロワ ヤク サク ノ アランケプ シネプ カ イサム”
天から役目なしに降ろされたものはひとつもない
📻観た/聴いた
映画『オッペンハイマー』:日本人として、感じることの多い作品です。ぜひ夏までにご覧ください。 (link)
『一橋大学 令和6年度学部入学式』式辞:母校の入学式に、2006年卒業の「いきものがかり」リーダーでギター担当・水野良樹さんさんが登壇。「あなたは自分の人生の主人公であり常に主語であり続ける。同時に、あなたは神になれない。神の客観性を獲得することはない」強いメッセージでした。 (link)
🧩感じた/感じている
秋までに体脂肪率を15%程度まで落としたい。諸々のパフォーマンスが上がりそう。
シズラー、フォルクス、もうやんカレーのいずれかを、フランチャイズで関西・神戸に持ってきたい。
いよいよコンサルスタッフを採用しないと仕事が回らなくなってきました。
こんなダブルスがしたい。私はもっと出来る。
🍵今の関心事
たまり続ける積ん読マンガたち、いつまとめ読みをするか。あかね噺に早く手を付けたい。
作家オルダス・ハクスリーが提唱した努力逆転の法則を自らの生活のどこに取り入れるか。努力と休息の最適バランスを見つけなきゃ。
習得のために必要な時間について、師匠は「10年です」と答えた。
焦った様子の生徒は「もっと早くマスターしたいです」と答えた。
「誰よりも努力します。毎日何時間も練習に励みます。習得するまで休みません。師匠のようになるまで休みません」先生はこの言葉を聞いて、考え、微笑みつつ「20年」と答えた。
🥑活動報告
とにかく、忙しくしています。業態上、ほぼすべての仕事が「そもそもから/一から」+「相手よりも広く深く考える」ことで価値が生まれるので、毎日脳みそがすり切れた状態で眠りについています。
3ヶ月ごとにリリースしている『社会変化兆候調査』vol.17を先週木曜に公開しました。継続は力なり。これからもがんばります。
今週も、Happy Weekを:-)