Q. 腕💪の左右になんの違いがある?
献血の現場。比較。知ある無知。
先週ほぼ1年ぶりに献血をした。私は生来注射がたいそう苦手なのだが、大病して入院することになったらさすがに一介の男子として「『注射怖いです』と伝えるのは恥ずかしい」という自意識も持ち合わせており、一昨年から血を捧げつつ針になれる訓練を重ねている。結果、恐怖心は徐々に薄れ、血液検査データも確認できて健康意識も高まり一石二鳥、さらに普段の仕事ではなかなか得られない"漠然とした社会への貢献感"も得ることができる。どうやら年々使用する針も細くなっている(元々は海外標準の18ゲージ→日本16ゲージ)らしい。もう怖くないぞ。
献血UXでは序盤に「こいつは時間をかけて血を抜くに値する獲物か」を確認される工程(採血前検査)があり、どちらの腕から採血を行うかを決めるのだが、今回そこで時間を要した。「いやー、両腕とも、甲乙付けがたいですね(原文ママ)」と看護師さん二人で議論している。曰く、左腕の方が血管が浮き出ており視認性◎、いっぽう右腕の方が血管がまっすぐで安全性◎(=低リスクかつ針が安定しやすい)。5分ほどの議論で右腕に決まり、50分ほどで右腕経由で出来上がった10単位分の血小板が無事に出荷されていった。完。
思えば、両の腕をフラットに比較する/される機会は早々あるものではない。ほとんどの場面で「腕?お好きな方でどうぞ」が通用するたいへん便利な社会に生きている。「右腕と左腕。あなたにとってどんな違いがありますか?」と聞かれて、利き手云々以外のことが言える人がどれほどいるだろう。わたしのばあい、今回の経験で言えることが一つ増えた。左腕の方が見やすい血管を、右腕の方がまっすぐな血管をもっています。
右腕と採血針管が繋がる間に読んでいた『ひとりだと感じたときあなたは探していた言葉に出会う』に、"比べる"ことについて書かれた文章がある。
…中世ヨーロッパの神学者ニコラウス・クザーヌスの『知ある無知』(岩崎允胤/大出哲訳・創文社) を読んでいたら、真実に近づこうとする者は、比較することを避けてはならない、と述べられていた。
ただ、この人物が語る「比較」は、現代人が考えているのとはまったく意味を異にする。私たちにとって比較は、美醜、長短、優劣などを判断するための行いだが、クザーヌスにとっては、それぞれの固有性を見出そうとする試みだった。
(Kindle位置: 389)
わたしも分析を生業にする人間なので、言わんとすることはなんとなくわかる。そのものだけを見つめてあーでもないこーでもないとしても何も見えてくることはない。別のものと比べてみたり、いくつかに分割して要素を比べてみたりすることで、やっとこさ物事のオリジナリティに一歩近づくことができる。そのもの・人が属するカテゴリーで判断すること(「男だから」「XX県出身だから」「XX社所属だから」「職業:XXだから」「XX党支持者だから」など)に比べればよっぽどまともな対応である。安易な良し悪し判定ほご害悪をもたらすものはない。
今回、献血にいくことで自分の腕の『自分の腕たる理由』を少しだけ見出すことができたのかもしれない。いつかどこかの落とし物コーナーで自分の左腕を探すことがあれば「男性のもので、比較的血管がよく見えるやつです」と言うことができる。そもそも、大病・入院と同様、そんな機会が来ないことを祈りたいが。
💼心惹かれたもの
イームズ ラウンジチェア&オットマン:次のオフィスに置きたい椅子ランキング第1位。お値段にびっくりしますが、どうせ物欲はあと5年もしたらなくなるので今のうちに散財してしまおうかしら。次点はStressless Tokyo Starです。 (link)
✏️読んだ/読んでいる
📃記事
子どもの日を迎えて:立呑み屋店主のお父さんからお子さまにあてた文章。まっすぐな言葉にグッときました。 (note, link)
愚かさを学ぶための読書リスト:なんにでも言えることですが、まず過去から学ぶべきは「どうすべきか」より「何をすると大失敗するか」である。この記事の中に出てくるトゥキディデスやタキトゥス、バーバラ・タックマンの歴史書をすべて買って、新オフィスに置いておこう。愚かさと距離を置き、淡々と努力するのが充実した人生を送るコツと聞いています。 (Honest Broker, link)
アルゼンチンの芸術文化はどこに向かうか:ミレイ大統領は政府サービスを削り続けており、特に文化関連予算・スタッフの削減が著しい。インフレ率が140%に達し、人口の50%近くが貧困ライン以下に転落したいま、大統領は「芸術教育は時間の無駄」と主張。チリなど一部を除いて中南米の国々はいずれも経済状況がしんどい。武装集団がTV局スタジオを占拠したエクアドルや左派化が一気に進むコロンビアなど紛争の種がそこら中にあり、個人的にはいつ何が起きてもおかしくないエリアとしてアンテナを立てています。 (The Art Newspaper, link)
ドクターペッパーがペプシを追い抜いた:炭酸飲料のシェア20%弱で圧倒的1位はコカコーラだが、2023年調査で第2位がペプシからドクターペッパーに入れ替わった(シェア8.3%)ほんまか、あのドクペが。。 (CNN, link)
海洋データを収集する世界一周ヨットレース:スポーツとデータは本当に相性が良い。こういうニュースをチャットに投稿してわいわいできるクライアントと一緒に働けていること、僥倖です。 (Axios, link)
絵文字が職場を分断する:22年の調査では絵文字の利用について、91%の人が自らのメッセージが誤解される/誤って解釈されたことがあると回答。Redditスレでは、Z世代に「👍」の使用は受動的攻撃的で失礼だと感じる人がいるとの話題が。ほんまかいな。 (Axios, link)
問題はあなたの公平に対する考え方が壊れていること:あなたは自身の思想・感想で自分の評価を決めるが、周りの人はアウトプット・結果であなたを評価する。評価を得られていないのは社会が不公平だからではなく、結果が出ていないからであることが大半である。まずは現実をみよ。逃げてはいけない。話はそれからだ。 (Oliver Emberton, link)
シンギュラリティ、もう来てない?:既にわたしたちは「AIが勝手にAIを改良していける社会」に生きているのではないか。 (やねうら王, link)
AIの場合、学習は人間の何万倍も速いし、アウトプットも人間の何百倍も速いし、24時間稼働できる。そう考えるといまの人間の研究者の数(数十万人?)の1/100もAIがあれば人類を上回る速度で研究ができるのではなかろうか。それくらいでいいなら、ビッグテックはすでにそれに足るだけの計算資源持ってない?じゃあ、もうシンギュラリティ来てるんじゃない?逆にあと何が足りないと言うの…?
📙本
愚者の街:知人から「ロス・トーマスがおもろいぞ」と聞いていたら、新潮文庫の〈海外名作発掘〉シリーズでこの5月末に邦訳が出たということで読み始めたらあらまあ面白い。今回の出張中に下巻を読み終えたい。 (Amazon, link)
生きていくうえで、かけがえのないこと:"眠る"や"食べる"など、生きていく上でかけがえのないこととされる25のことをテーマに若松英輔さんが書いたエッセイ。この2-3年、もっと言葉を大切にしないとと感じる場面が増えた。この本の中で何度も言及される『悲しみ』の場面でも、短くも叡智ある言葉とたゆたう人間でありたい。 (Amazon, link)
ひとりだと感じたときあなたは探していた言葉に出会う:↑『生きていく〜』を読んだ勢いのまま若松さんの本をもう一冊読む。5年前だったら全く理解できなかったであろう言葉がすーっとしていくいまは、成長しているのかはたまたただ乾いているだけなのか。 (Amazon, link)
かなしみが、何かを愛したところに生まれるものであるなら、生きるとは、かなしみを育むことである。人生が深まれば、かなしみも深まっていく。かなしみこそが、人生のものさしであると 石牟礼道子 さんはあるところで書いている。そして、美しいものはすべて、どこかにかなしみを伴っているともいう。
(Kindle位置: 66)
生きがいに生かされる。そういうと矛盾しているように感じるかもしれないが、これほど大きな希望はないかもしれない。苦しみながらでも生きている。この現実が、生きがいが存在することを確かに告げ知らせているからである。
(Kindle位置: 353)
📻観た/聴いた
キッチンから花束を:南青山にある中華家庭料理店「ふーみん」を舞台にした短いドキュメンタリー。出てくる料理も人も魅力的で、私も料理習慣を取り戻さなくてはと感じました。おいしいザーサイの作り方を研究しよう。北海道の森の中に遊び場がほしい。 (link)
ヤマザキマリの世界 1967-2024:展覧会自体に行く機会を逸してしまったので公式カタログで楽しむ。テルマエロマエやプリニウスの原画も素晴らしいが、最序盤に載っている油絵集、立川志の輔師匠をモチーフにした作品が圧倒的だった。そして、対談の随所に見える「みずからに与えられたものを使い切って生きる」姿勢の迫力に圧倒される。私もそうありたい。 (link)
よい土壌を耕したいのであれば、どんな要素の経験も肥料にしながら、地球という人生の舞台を、全身全霊で、燃費のことなど考えず、思い切り生きなければならない。
ここにあるのは、今までの、そんな私の畑で育まれた作品の数々である。作物は形も不揃いだし、品質という意味では決して保証ができるようなしろものではない。それでも半世紀をかけて耕してきた土地は自分にとってはなけなしの財産であり、この土さえあれば菜葉でもじゃがいもでも育てることはできるだろう。売り物にならないような作物だとしても、芋虫の栄養くらいにはなる。そう思うと、この農作業はまだやめられない。
🧩感じた/感じている
一隅を照らす、改めてよい言葉ですね。
今年中にあと7回は成分献血に行くぞ。
良い包丁であることも難しいが、良い砥石であることも同じかそれ以上に難しい。砥石の評価は完全に包丁の成果に依存している。良い砥石でありたい。
🍵今の関心事
映画『違国日記』をいつ観にいくか。
今週・来週の出張先、インドネシアのWifi/ネット環境。爆速期待
Neo Groteskフォント、どこで使うか。New Grotesque風のモダンなサンセリフをベースにしつつ第2書体としてカーブ・ぼかし強めの仕上り。
時間が経つごとによりよい存在になるために何ができるか。
“I prefer things that are better when bought used. There are some things that get worse when they get a little use, and others that get better, and I prefer the latter. Books, houses, furniture, paintings, pottery.”
— Paul Graham
🥑活動報告
今日の午後から関空に移動して、明日の朝にはインドネシアです。昨年夏にイランを訪問したときに両替した米ドルを持っていきます。当時「円安つらいな」と感じていたはずがいまみたら1ドル145円でした。
3冊目単著の第1稿を出し終えました。テーマは「質問のキホン」。来年春発売に向けて突っ走ります。1作目/2作目以上に売れることを望む。






