より良い"不完全さ"を目指して:アシモフ『The Relativity of Wrong』
仕事とテニスと将棋と真剣に向き合ってきたこの1年、正しさってなんだろう?適切さってなんだろう?と考えることが増えました。
田中志/たなかのぞみといいます。経営コンサル兼ラケットスポーツアパレル屋の店主。
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調査分析結果をテーマにお客さんと激論したとある日の午後。ロボット三原則等で有名な科学者・作家のアイザック・アシモフが書いたエッセイ”The Relativity of Wrong(間違いの相対性)”を読んだ。『完全に正しくないものはすべて間違っている』と考えること、正しさ・誤りを絶対的なものとみなす考えにはてなを投げる。正解も誤りも、それを支える理論や文脈も、すべては相対的なものではないだろうかと。
2+2=?の答えとして、”紫”も”17”も誤りだということは明確だ。しかしその誤りの程度は同じだろうか。逆に、正しい答えである”整数”や”偶数”、さらには”4”について、その正しさの程度は同じだろうか。
どちらの問いにも「同じだけど…」とお答えの方に向けもう一歩。9+5=?に対して”2!!”と答えたとき、あなたはどう判定するだろう。小学生2年生の算数テストであればバツだ。しかし『9時から5時間経過すると2時になる』は真実であり、+や=について厳密な定義を持たない人であれば、9+5=2が部分的に正しい(正しくなる文脈が存在する)ことを認めてくれると思う。
“地球は球体だ!”という主張は、”地球は平面だ!”よりも一般的に正しい。しかし科学的な厳密性を突き詰めるなら、地球は完全な球体ではなく扁平回転楕円体に近く、さらに赤道周囲の隆起具合は南側が北側よりもわずかに大きいため、正確な表現としては”洋梨型(ジオイド)”である(南極点と比べ、北極点は地球の中心から40-50mほど遠い)。さて、”地球は洋なし形!”はどの程度正しいだろうか。地球は丸い、と言う人に向けて「あなたは間違ってますよ」と伝える人は真実の伝道者だろうか。
正誤にも、なんなら善悪にも、相対性がある。そして正しさを高めたものが常に適切であるとも限らない。この相対性・適切性に無自覚な人(頭でっかち and/or 無教養)はみなさんの周りにもいると思う。特定の勉強をしすぎた人は唯一解を過剰に求めかつ喧伝し、勉強不足の人は正しさ・誤り・適切さを測る尺度を持たない。「正しくもあり、間違ってもいるという状態が存在する」「正しさ、適切さを高める漸進的・反復的な行動は”常に”必要である」は当たり前の前提なのだけど、みなでこれを共有するのはたいそう難しい。
調べ抜き、考え抜いた先にある正しい戦略、施策、行動、資料が存在するとする。しかしそれよりも正しく、適切なものが常に存在するのだ。その意図に従って改善した戦略、施策、行動、資料があるとする。しかしその先にもより正しく、適切なものが更に存在しているのだ。
終わりはない。あなたがつくる戦略、施策、行動、資料は常に不完全なものである。あなたが従っているものについても同様だ。しかし、それはそういうものなのであって、誰かを責めたりせっついたりすれば解消されるというものではない。不完全さは前提であると受け入れつつ、より良い不完全さを求めるために前進すべきである。アシモフはその先頭を走る科学者の一人だったのだと思う。
<お便りをお待ちしています。金曜版でお返事します>
💼心惹かれたもの
ソガ・ペール・エフィス オーディネール(小布施ワイナリー):神戸で取扱い店をみつけ、何本か買い、方々にお裾分け。オンラインで買えないものこそ大切に。信念がある人、そんな人がやっている事業は強い(強さは成長を意味しない) (link)
ワンクリックで簡単に購入できるインターネット販売により多くのワインは簡単に流通するようになりましたが、畑に立つ私達からするとその姿は「ワインを単なる製品」として見えてしまいます。大工場で大量生産化した工業製品ならインターネット販売は問題ないのかもしれませんが、私達のような小規模生産者のワインには不釣り合いと考えています。それは私達だけでなく葡萄達も同じ事を考えているはず。ドメイヌソガのワインは売り手(特約店)とお客様が直接対話をして、店主さんが「ドメイヌソガはクレイジーなんだよ」とコメントを飲み手の皆さんに伝えていただく、そんな普通の姿を望んでます。
✏️読んだ/読んでいる
📃記事
SNSのことをたくさん考えた1週間でした。
イラン革命は歴史の偶然だった:ジャーナリストのスコット・アンダーソンの新著”King of Kings”の書評記事。1979年に世界を揺るがしたイラン・イスラム革命は、多くの歴史家が論じるような歴史の必然では全くない。むしろ国王・シャーの傲慢さや病による不調、米国の無知と情報収集機能不全、そして一連の不運な偶然が重なった歴史的な事故だったという。ホメイニ師がテヘランに帰還して行った重要演説の現場に、米大使館のペルシャ語が話せる職員が一人も出席していなかったのはなぜなんだろう。『多様性の科学』で描かれている典型的失敗の世界である。 (The Atlantic, link)
食品の”加工度”が体重や健康に大きな影響を与える:超加工食品(UPF)と最低限の加工食品(MPF)が体重に与える影響を、現実世界の条件下で比較した初の介入研究。55人の成人を2つのグループに分け、一方のグループは8週間、オートミールや自家製ボロネーゼといった最低限の加工食品/MPFの食事を、もう一方はシリアルバーや冷凍ラザニアといった超加工食品/UPFの食事を摂取したところ、MPF側の減量効果が対照群の2倍(筋肉量は減らず脂肪・水分量に差)。MPF側の方が食欲のコントロール効果も大きかったという。体重管理において、カロリーや栄養素だけでなく「食品がどれだけ加工されているか」が極めて重要な役割を果たすことを示唆。いっそう自炊のモチベーションが高まった。 (UCL, link)
若者の間に広がる「インターネットのない世界」へのノスタルジー:物心ついたときには既にスマホとSNSが存在した若者たちの間で、”インターネットのない世界への郷愁”が広がっている。若者たちはネットがあらゆる大事なものが失われてしまったことを嘆く。本物らしさと個性、退屈とミステリー、更に最も貴重なものとして、"欠乏"。良い音楽やサブカルチャーを見つけるために必要だった地道な努力、友人との交流に必要だった摩擦や手間、それらの現実的な不便さが、体験をより価値あるものにしていたのではないかと。”自分をコントロールし、そこから必要なものだけを取り入れなさい/Control yourself, take only what you need from it” ストア派の言葉が若者に届きはじめている。 (The Guardian, link)
誰でも戦時密告者になれる時代:スマホやネットを基盤とするデジタル技術が戦争のあり方を根本から変えた。一般市民が”デジタル密告者/Digital Informants”として、意図せず戦争発生や深刻化に直接的な影響を与えてしまうという危険性がウクライナや中東、アフリカの地で現実化。スマホ1つあれば、写真・動画・GPSといった正確な現場情報を瞬時に共有できることは、市民と戦闘員の境界を曖昧にし、敵軍に情報が渡ることで意図せぬ攻撃に繋がる可能性も。国家は市民のデジタル戦争参加について真剣に考え始めている。アクセルも踏めるし、ブレーキも踏めるタイミングである。 (Carnegie Endowment for International Peace, link)
"アテンション・エンジニアリング"の勃興:SNSが私たちの主観的時間感覚を加速させ、記憶を蝕み、人生を歪ませ蒸発させている(by ”アテンション経済と若者”)。この時間感覚の歪みは偶然の産物ではなく人間の工学技術の結晶である。迷路デザインや無限スクロールなど、カジノのフロア設計から借用した計算され尽くした”アテンション・エンジニアリング”。時間感覚を歪めるインターフェースやアルゴリズムを設計するために専門のエンジニアたちが、皆さんが日々使うサービスの背後で動いている。アテンション奪い合いに対抗するために、日々小さな変化を自ら起こし、自ら作った物語を生き、意図を持って生活しなくてはいけない。 (The Prism, link)
富裕層礼賛が壊す美徳:SNSに蔓延る富の不必要な見せびらかし・誇示をスコット・ギャロウェイが”Wealth Porn/富のポルノ”と名付けたのも少し前の話。プライベートジェットや高級住宅、デザイナー製品に囲まれたライフスタイルといった、過剰に演出された成功像がSNSに氾濫している。これが若者に「何が重要で、成功とはどのようなものか」という社会規範について歪んだ道徳シグナルを送っている。目の前のことに一生懸命になる若者にとってSNSがインスピレーションになることはなく、むしろ屈辱感と幻滅、そして社会への冷笑的態度を生み出している。私的な成功の追求が、公共の美徳に取って代わることはない。成功は成功、美徳は美徳である。 (AEI, link)
SNS×後払いは地獄への道:多くの若者がSNS上で華やかな生活を演出しながら、その裏でBNPL/後払い決済サービスの負債に苦しんでおり、KlarnaなどのBNPLサービスを多用することが俗語にもなった(Klarnamaxxing)。インスタフィードに出てくる「おしゃれなレストランで食事をし流行の場所で休暇を過ごす最高の人生を送っている若者」は、実は簡単に借金できるBNPLに頼りっきりかもしれない。実際、音楽フェス・コーチェラのチケットの約60%がBNPLで購入されたという。日本のメルペイやPaypay、Paidyなんかの貸倒率ってどんなもんだろう。小さな地獄がたくさんありそうだ。 (THE FACE, link)
ワクチンに対する主張変容が教えてくれたこと:科学コミュニケーション団体・Unbiased Scienceが、ワクチンの意見を変えた人々へのインタビューから得られた7つの重要な教訓をまとめている。変化には時間がかかること、副作用なし!はあり得ない、医師の”物腰・姿勢”は極めて重要、母親の影響力は絶大、「自分で調べる」の意味は人それぞれ、まずはとにかく『聴く』こと。真実についての正しい理解は、SNSでの短い応酬ではなく、正直で思慮深い対話から生まれると考えておこう。 (Dr.Jess Steier@medium, link)
優雅に老いるための20のコツ:体のメンテナンスは基本を大切に。より良く食べ、動き続け、喜びを求め、ネガティブな自己対話をやめること。過去にくよくよせず、他人にも自分にも優しくする。新しいことを学ぶ努力をする。若者に教訓を垂れる老人ではなく、自ら動いて、聞いて、関わる姿勢が優雅さを生む。新しいジャンルの本や映画を試したり、新しい料理に挑戦したり、いつもと違う道を散歩したりと、小さな選択で人生を面白くし続ける。他人の問題に首を突っ込まず、上品でいること。自分を引きずり下ろそうとする人々との時間を制限し、心の平和を育んでくれる人々と時間を過ごす。一までも、人生を、生活を謳歌しよう。 (Upworthy, link)
努力のパラドックス/The Effort Paradox:経済学の父アダム・スミスは、努力を価値から差し引かれる”苦労”と見なした一方、人間は自身が苦労して組み立てたものの方を完成品よりも高く評価する心理学的傾向(IKEA効果)も報告されている。わたしたちが経験や成果を評価する際、困難なものであればあるほどそこに価値を見出したがるという逆説的な人間性質は、問題・課題の公正な評価を難しくする(例:学校部活動、就職活動における圧迫面接や理不尽な体験、組織における若手の苦労…)人がマラソンを走ったり、数独のパズルを解いたりするのは、失敗の可能性があるからこそ、その成功が意味を持つからである。能力や自己理解といったニーズは、自分自身を追い込むことによってしか満たすことはできない。いくつになっても挑戦しよう。 (The Atlantic, link)
📙本
ヤマ師 裸一貫から一代でトヨタ・松下・日立を超える高収益企業を作った破格の傑物「山下太郎」のすべて:ここしばらく明治〜昭和初期の人物伝を手に取ってきました岩波茂雄、南方熊楠につづき、また違った魅力をもつ山下太郎を読む。大事なところで大きく金と労力を場に張ること、常に志を高く持つこと、一流と触れあい真剣に口説くこと、大事な人との付き合いにおいてマメであること。憧れの対象が一人増えました。 (link)
今を生きる思想 ショーペンハウアー 欲望にまみれた世界を生き抜く:次のポッドキャスト課題本がショーペンハウアー『生活の知恵のためのアフォリズム/孤独と人生』、その背景思想を勉強。圧倒的悲観主義・絶望主義にたち、その中でも生きていかなければいけない人間のための哲学でした。仏教思想と通じることがたくさん。八正道、六然を唱えてがんばります。 (link)
料理と毎日 12か月のキッチンメモ:どんなにいいことがあろうと悪いことがあろうと、人間は腹が減る。そこには料理がある。いいメモでした。家事について私たちはもっと自由で良い。肉を焼こう。野菜を楽しもう。 (link)
📻観た/聴いた
銀シャリ単独ライブ「純米大銀醸」:20周年記念ツアー。言葉で遊ぶ銀シャリ漫才の世界を堪能してきました。橋本さんのラジオ、火曜喋るズ「橋本・奥田の銀銀学学」おすすめです。
🧩感じた/感じている
「少年よ大志を抱け」で有名なクラーク博士、実際は”Boys, be ambitions like this old man”といったらしい。新島襄の仲介で日本政府から猛烈な要請を受け、見知らぬ極東の地に降り立った50歳の米国人学者は誰より野心ギラギラのおっさんだった。晩年ご苦労されていたことをwikiで知る。
9ヶ月の札幌滞在の後、翌年の1877年5月に離日した。帰国後はマサチューセッツ農科大学の学長を辞め、洋上大学の開学を構想するが資金が集まらず頓挫、生活費に困るようになっていたときに出資者を募って知人と共に鉱山会社「クラーク・ボスウェル社」を設立して7つの鉱山を買収、当初は大きな利益を上げたが、その知人が横領を繰り返し、果てに逃亡、設立から1年半で破産、負債は179万ドルだった。叔父から破産をめぐる訴訟を起こされ、裁判で罪に問われることはなかったが、晩年は心臓病にかかって寝たり起きたりの生活となり、1886年3月9日、失意のうちに59歳でこの世を去った。
アオアシ最終刊・40巻、内容もあとがきも最高でした。その他、路傍のフジイ、夢なし先生の進路指導も噛みしめながら読みました。マンガはいろんなものを見せてくれる
人の質を確かめたいとき、その人が生み出す正解の質や量よりも、”うまい失敗”の様子、向き合い方のほうがいろんなものを教えてくれる。
🍵関心事
来月公開されるはずの新事業進出補助金の採択有無。採択されたら、40代人生の前提ががらっと変わりそうなので注視。日本の未来はスポーツにある。
🥑活動報告
今日から当社8期目、明後日3日が創業記念日です。”Always Day1”の気持ちでがんばるぞ。
小野薬品工業さんのプロジェクト事例報告に匿名N.Tさんとして登場しました。過分な評価をいただき光栄です。
<お便りをお待ちしています>