米国・ハーバード大学で日本の近代史を研究していたカリフォルニア生まれの米国人著者の博士論文、副題は『近代日本の暴力政治』。タイトル・解説文の火力の強さに惹かれて手を伸ばした本書、地元・長野が”幕末の抗争頻発地”として取り上げられておりたいへん良かった。信州の暴力は根深い。民主主義が日本に根付くために長野県民が果たした役割は大きい。
読む前、私は勝手に「暴力溢れる幕末から抜け明治に至り、大正デモクラシーに代表される各種民主化運動進む中で平和が広がるも、軍国化するなかで再度暴力が社会に蔓延り〜」のような理解をしていたのだけれど、著者は冒頭から私の頭をぶん殴ってくる。幕末期から昭和に至るまで、日本の民主主義は暴力だらけだったという。
暴力は近代日本政治史において恒久的な原動力であった。近代日本はその誕生からして暴力的だったのである。…
近代日本が誕生したからといって、政治が平和的になったわけでも紳士的になったわけでもない。そんな時代は到来しなかったし、むしろ事情は正反対だった。以後百年にわたって様々な形で続くことになる荒々しい政治の時代がここに始まったのだ。抗議の声を上げる者たちは暴力をもって政治運動を進めていくことになる。その最初の現れが、一八七〇年代から八〇年代の自由民権運動である。
民主主義の現場たる選挙・投票所は、中も外も暴力だらけだった。婦人会のおばちゃんが平和に座る現代の投票所と同じ風景を想像してはいけない。
一八九〇年には初の衆議院議員総選挙が行われるが、そこへ至る選挙運動において、実際、壮士はあらゆる場所に顔を出し、政治の空気を殺気立ったものにしていった。壮士が関与した事件は様々な県や都市から報告されるようになる。熊本、高知、石川、富山、新潟、兵庫、埼玉、栃木、群馬、愛知、三重、横浜、大阪、そして東京。たいていの場合、無頼漢たちは選挙のプロセスを骨抜きにしていったようである。典型的には、公開集会を混乱に陥れ、対立候補者を脅しつけ、敵方壮士と睨み合った。ある意味では、彼らは選挙運動員でもあった。例えば大阪の選挙戦で、ある候補者は知り合いの博徒を雇い、四、五人のグループで選挙民に差し向け、投票に圧力をかけた。あるいは横浜では、壮士が交差点ごとに、対立候補に投票した者は皆殺しという脅迫文を書いた立て札を置いた。 (kindle no.1,607)
この選挙を勝ち抜いて議員になった人たち。暴力を隠すかと思いきや、メディアもその腕力を讃えるまである。秘書の給料をちょろまかしたことで批判を浴びて議員辞職する現代との差よ。
一九二二年二月中旬、日刊経済紙の中外商業新報が、政治における「蛮勇割據の新時代」を謳う三回シリーズの記事を掲載した。「代議士武勇列伝」と題された記事は、政治活動においては肉体的な強靭さが鍵となることを強調して、議会での喧嘩であれ、柔道のような武術であれ、文字通り腕力の強い政治家を讃えるものだった。連載の一回目と二回目でスポットライトが当てられたのは、腕っぷし自慢で知られる代議士たちだった。例えば、サーベルひと抜きで千の敵兵を縮み上がらせたと噂される奈良県選出の津野田是重、一九一〇年代初めの選挙で投票箱を潰したこともある綾部惣兵衛、「暴れん坊の蛮寅」の異名を持つ中野寅吉、阿修羅王と呼ばれた三重県選出の岩本平蔵、会期中に同僚議員を殴った小泉又次郎(のちの逓信大臣。二十一世紀初頭の総理大臣、小泉純一郎の祖父)といった面々である。 (kindle no.2,023)
イスラエルのカタール攻撃やロシアによるポーランドへのドローン攻撃が報じられ、民主主義の未来を憂う声が新聞紙面を飾っている。しかしそもそも、民主主義だって暴力に支えられてきたし、政治と暴力は不可分なのである。だからこそ、わたしたちは心の底から平和を願わなくてはいけない。暴力の引力に抗ってこそ人間である。いい本でした。
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💼心惹かれたもの
ミレービスケット/野村煎豆加工店:昨日から高知に来ています。帰りに名産のこちらを買っていく予定です。豆の野村さん、従業員みなで毎朝唱和する事業目標が素敵でした。起業の社会性を突き詰めた結果「振り込め詐欺をミやぶレー」のラッピングトラックをつくって全国を走らせているらしい。クレイジー(良い意味)です。 (link)
全員が健康であること
全員が活気志気に満ちていること
全員が高い叡智の持ち主であること
全員が改善意識を持つこと
全員が人間的魅力に富み対人関係に優れていること
全員が最小限自己の守備範囲は完全であること
全員が目標達成に努力と協力を惜しまないこと
全員が企業の社会性を考えること
✏️読んだ/読んでいる
📃記事
結局「いいシャツ」ってなんだろう?:世界で活躍する4人のシャツ職人やデザイナーがこの問いに向き合っている。細部が作り込まれていること、時間とともに良くなること、フィット感があること、着用者の個性を引き立てること。 (Present Forever, link)
バンガード開発メガトレンドモデルが教えてくれるもの:金融大手・バンガードが米国における5,000万件以上の業務活動をシミュレーションした結果、AIは仕事を奪うディストピア的な存在というよりむしろ、多くの職業で生産性向上を支援する革新的パワーツールになる可能性という。多くの人がAIによる労働代替を恐れるけれど、AIが自動化するのは仕事全体ではなくタスク。いまある仕事の8割で、AIによって大幅な時間短縮が実現し、それによって労働者の付加価値や収入が高まり、結果経済全体を前進させるだろうと。 (Vanguard, link)
ベイン調査『AI検索の現在地』:AI検索はモバイル検索や音声アシスタントよりも速いペースで普及しており、米国消費者の2/3に利用経験あり。 従来の検索が「特定のウェブサイトを見つける」「簡単な事実を調べる」ことに使われるのに対し、AI検索は「複雑な質問をする」「新しいアイデアを得る」「情報を要約させる」といった、より対話的で創造的な目的で利用される傾向にある。さらに4割の消費者が購買決定に影響を与えたと回答。私もGemini/ChatGPTと3日議論して買うべき車を決めました。(Bain, link)
近い将来、人工甘味料は砂糖の味になる:東大の研究。人工甘味料がもたらす独特の苦い後味を、スペアミントに含まれる化合物・(R)-(-)-carvoneによって解消できるかもしれない。ミント特有のすーすー観もないようで、幅広い食品への応用が期待できる。 (Science Daily, link)
産業革命がイギリスの階級社会を壊した:イングランドに古くから根付いた貴族や家柄といった生まれながらの身分で人生が決まる「身分制社会」が産業革命を契機にいかに崩壊し社会の流動性が高まったかを、暖炉の数に基づく財産税と遺産に関わる納税データを用いて実証。産業革命前、貴族やジェントリであることは個人の富の変動の17%を説明していたが、産業革命後にはその影響力は6%へと1/3近くまで低下。さらに苗字・家柄の影響力は、産業革命の先進地域では10%からほぼゼロにまで下がった。 (NBER, link)
月面開発の最前線:大気が薄く、かつ人間活動による電波妨害もないため月の裏側は宇宙観測にとって理想的な場所の一つ。月面に超高性能な望遠鏡を設置すれば、40光年離れた系外惑星に存在するかもしれない森や海、さらには宇宙人都市の明かりまでも撮影できるかもしれないと。 (National Geographic, link)
制御不能に陥った"自己規律カルト"が世界を席巻:朝5時起き、何十ステップにも及ぶスキンケア、定期的なデジタルデトックス、厳しい食生活管理…多くの人が、より生産的で、より健康で、より完璧な自分になるために、日々の生活を最適化すべく努力を続けている。これら自己規律が行き過ぎると”日常燃え尽き症候群”や自発性の喪失、幸福感の低下に繋がるとの声がある。以前読んだ誰かの対談で「ダイエットと自傷行為は、自らの身体を管理可能な”対象物”とみなす点で同じ地平にある」と言った学者さんがいて、以来、心身の不確かさを楽しんでいます。 (Independent, link)
機械のような医師と人間のようなDeepSeek:中国の医療システムは深刻な医師不足と大病院への患者集中により診察時間はいつも数分。医療不信は根強く、多くの市民がAIチャットボットへの依存を深めている。彼らは確かにいつでも優しく意見をくれるが、記事にあるように、患者をパニックに陥れたり逆に必要な受診控えを招いているのが現状。信頼性や安全性を最優先で整備すべきAI領域の一つである。 (Rest of World, link)
“起業家に必要なのは小さな自由” 木曜10:47に誰の許可も求めずコーヒーを飲める日々:自由な日々、というと「不労所得1億円で毎日リゾート!」のような姿をイメージするけれど、私に本当に必要なのはもっと小さな自由、マイクロ・フリーダムだと起業家・コンサルタントのジャスティン・ウェルシュはいう。平日の午前中に、誰の許可も得ずにコーヒーを飲みに行く。天気が良いから、午後の仕事を切り上げてハイキングに行く。子供の学校行事に参加するために、カレンダーをブロックする。私たちが起業で実現したかったはそういうことではないのかと。今週金曜日、早上がりしてみませんか? (The Saturday Solopreneur, link)
📙本
悪党・ヤクザ・ナショナリスト 近代日本の暴力政治:冒頭の通り。『そもそも民主主義と暴力は相性がいいねん!イギリスやイタリアでも…』といろんな暴力政治の形を知ることが出来てお得です(何)。 (link)
死に至る病:キルケゴールの名著。自らを自分自身との関係から切断する絶望という病の深刻さについて。 (link)
ポケットに名言を:寺山修司の箴言メモ。↓がいくつかを引用でご紹介します。 (link)
五十歳までは、世界はわれわれが自分の肖像を描いていく額縁である。
──鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは一つの世界を破壊せねばならぬ。鳥は神に向ってとぶ。神の名はアプラクサスという。 ヘルマン・ヘッセ「デミアン」
人間はだれでも狂人だが、人の運命というものは、この狂人と宇宙とを結びつけようとする努力の生活でなかったら何の価値があろう? アンドレ・マルロオ「希望」
地上に存在する地獄を、黒人は美へと昇華させ、芸術的貢献であるジャズをもたらしたのである。 マックス・ローチ
ある一定の歴史的状況においては、革命について千通りもの語り方があるかもしれない。しかし革命を行おうと決意したすべての人間のあいだには、必然的に一つの一致が存在するのだ。 レジス・ドブレ「革命の中の革命」
ロスノフスキ家の娘:ジェフリー・アーチャー『ケインとアベル』のサイドストーリー。2冊各上下巻を一気読みし、アメリカの現代史を一気に学んだ気持ちになりました。真に恐怖すべきは恐怖心のみである。いい本。 (link)
📻観た/聴いた
2025年8月のムード:どんなときにも世界は喜怒哀楽で溢れている。 (link)
もう『単なる趣味』は許されない:Audibleで『暇と退屈の倫理学』を楽しんでいて、哀しい現実を突きつけられる時間。 (Youtube, link)
金のことばかり考えていると貧しくなる:なぜなら豊かさは「現実世界」のなかにあり、金は現実世界からかけ離れた存在だから。 (Youtube, link)
Scott Gallowayが語る”経済的自由”のこと:頭の回転が速い口悪おじさんが好きです。 (Youtube, link)
🧩感じた/感じている
たいがいのアドバイスに対する理想的対応は「ありがとう。後は好きにさせてもらうね」である。大事なことは、あらゆるアドバイスに対してそう答えられるよう、事前に自ら考え抜き、やり抜こうとすることである。
そして良いアドバイスの99.9%は退屈なもの。真実はたいがい退屈なものであり、刺激的なものの99.9%は嘘・欺瞞である。
ある程度まともな社会にはパレート改善の機会はほぼ残されていない。なので、とある施策を考える時に「それをやると○○さんが困るじゃないか!」というのは反論にならない。反論にもならない反論、主張の体をなしていない主張が多すぎる。
🍵関心事
国内政治のゴタゴタからできる限り距離を取る方法。貴重な集中力を無益なことに割いてはいけない。政治のお仕事はジレンマのやりくりであり、あらゆる政策の裏側には大なり小なり損を被る人がいる。損の存在を指摘していい気になっている大人をみるのは気が悪い。
🥑活動報告
今週はインタビュー調査の納品作業と新しく取り扱いはじめた欧州ブランドの検品が大きなお仕事。
月末の東京出張が楽しみです。ホテルの値段が少しずつ落ち着いてきている吉兆。
<お便りをお待ちしています>