オルテガ『大衆の反逆』感想の続き
並行して読んでいる朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』に通じるものがあります。
100年前の文章なのに、読めば読むほど現代の話が書いてある本である。
こいつ仕事できねぇな、と感じることがままあるだろう。若手ならまだいい。「私が能力を発揮できる業務じゃないだけ」「仕事に全力とかダサくないすか?」のようにスカす不出来な中堅社員はどうだ?救いようがない。専門知識の量や地頭の良さは副次的な要素であり、結局本質は『仕事現場で体現してきた責任感の累積量』のみが重要である。責任感はだいたい割の合わないものであるために、仕事ができる人は常に社会の少数派である。そのため、ムダに責任感(対象は組織だったり社会だったり自分自身だったり色々ある)溢れる若手を見る度に、こいつを何とかして守らなくてはいけないと心に決めるようにしている。具体的には金を出し、時間をかける。責任感は土壌であり、金と先人の知恵は水である。注ぎ続ければいつかは芽吹く。
不合理な責任感を駆動するものの一つが、動物の心に根付く支配欲、あるいは被支配欲である。なんとかしてXXを実現したい、何があろうと○○さんの想いに応えたい、これらは広義の支配欲/被支配欲である。この欲望はエネルギーを生む。冷めた若手・中堅で溢れる職場と熱狂するファンダムに依存する産業が併存するこの時代において、良くも悪くもエネルギーのみが論点である。
支配することへの夢、そしてそれが鼓舞する責任感のもたらす規律だけが西欧の魂を緊張状態に保持してくれる。科学、芸術、技術、その他すべてのものは、支配の意識が創り出す意志強固な雰囲気から生まれる。
(中略)
創造的な生は、高度な精神衛生の状態と大いなる品格、そして尊厳の意識を駆り立てる普段の刺激といったものを要求する。創造的な生とはエネルギッシュな生である。それは以下の二つの状況のいずれかにおいてのみ可能なのだ。すなわち自身が支配するものであるか、あるいは支配の権利を存分に認められたものが支配する世界に生きるか。この二つのいずれか、つまり支配か服従かである。しかし服従することは、我慢をして品位を落とすことではなく、むしろその反対に支配する者を尊敬し、命ずるものと連帯しながら、また戦意高揚の中はためく旗の下にはせ参じることなのだ。
(オルテガ・イ・ガセット著 佐々木孝訳「大衆の反逆」(岩波文庫)pp.252-253)
今日1日、朝起きてから床につくまで、通勤電車や職場、ランチのお店や帰りに立ち寄るコンビニで出会う人のエネルギー量を観察してみてほしい。みんなどよーんとしていることだろう。オルテガが言うように、”創造的な生とはエネルギッシュな生”である。消費の中にエネルギーはない。執着的な浪費、正直な支配あるいは服従を目指すべきだ。周りにそれを体現している人がいるなら、あなたは幸運な生を生きている。何を支配し、何に支配されているのか。それに自覚的であるうちは、支配の構造からエネルギーをもらうのは決して間違ったことではないと私は思う。
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💼心惹かれたもの
三田製麺所 スパイス酢:いままで気づかなかったトッピング。美味でしたお試しあれ。
コダックの新発売カメラがかわいい:ノスタルジー。鞄に付けておきたい。 (link)
アストンマーチンのベビーカーは45万円なり:中古でも2千万以上する高級車・DBX707内装から着想を得ており、レザーは車内で使われるものと同じ。まずは英国のみで販売。絶対買えないやつだ。 (link)
✏️読んだ/読んでいる
📃記事
第二次世界大戦中モノポリーが捕虜の脱出を助けた:1941年以降、イギリス空軍の捕虜が増加する中で、軍情報機関は脱走支援のためなんとか地図を保持しておいてもらう方法を模索していた。紙地図の「広げると音がする」「濡れると破れる」「耐久性がない」といった大きな欠点を解決することに繋がったのは、モノポリーの英国版を製造していたジョン・ワディントン社の絹印刷技術。当時は赤十字社を通じてゲームや娯楽品を捕虜に送ることは国際的に認められており、英国政府と同社は連携してモノポリーのゲームセットに脱走用の道具を巧妙に隠し(絹製の微細地図は駒の中に折りたたまれていた)捕虜収容所へ送り込む作戦を実行していたという。当時脱走に成功した連合国軍捕虜は3.5万人に上り、うち1/3はこのモノポリーセットの助けを受けていた。 (ELMS, link)
芸術の歴史といま 絵画を通して見る経済発展:Google Arts and Cultureなどから収集した、1400年以降の絵画約63万点を分析対象として、AIによる感情ラベル付けを用いて同じ場所・同じ時代に制作された作品に共通して見られる感情の傾向(=コンテクスト効果・時代背景効果)を抽出した研究。絵画に描かれた感情の分布は実際の歴史的事件や経済状況と強く相関しており、豊かな時代には興奮や楽しさ、困難な時代には悲しみ、不安定な時代には恐怖が描かれる傾向が強かった。 歴史的なアート作品が、GDPや人口のような従来のデータでは捉えきれなかった「人々の主観的な経験」を明らかにするための貴重な情報源であることが示された面白い分析。(NBER, link)
人間捨てたものじゃないぞ/場にあり続けることの魔法:一度もやすまずに720週にわたりシカゴの街角で無料のスープを配る活動・Feed the Peopleを続けた男性。無人島に漂着するも1年以上相互扶助と祈りを通して生き延びたトンガ人少年6人。これら物語は「人間なんて根っこでは利己的で破壊的だ」という見方に対する力強い反証であり、人間はより良い共同体を築くことができるという希望を与えてくれる。筆者が引く歴史家ウィル・デュラントの言葉「文明の物語とは、血なまぐさい川の流れそのものではなく、その岸辺で人々が愛し合い、家を建て、詩を書き、歌を歌う物語である」を、ガザやウクライナ、コンゴやスーダンで起きていることから目をそらさないままに抱きしめたい。 (Prisons, Prose&Protest, link)
“Civilization is a stream with banks. The stream is sometimes filled with blood from people killing, stealing, shouting, and doing things historians usually record—while, on the banks, unnoticed, people build homes, make love, raise children, sing songs, write poetry, whittle statues. The story of civilization is the story of what happens on the banks.”
ゴルフ場で若者がつながりあう:パンデミック以降Z世代がどんどんゴルフにハマっており、それは単なるエリート向けのスポーツというよりもビジネスにおけるネットワーキング、チームビルディング、人間関係構築のための強力なツールへと変貌を遂げている。シミュレーター併設のバーや理髪店が増え、LEDボールを使ったナイトゴルフなど派生競技も生まれてきた。ゴルフは逆境への対処法や誠実さを観察できる格好の場であり、「14番ホールまでにその人の魂の奥底まで見え、人格がわかる」というのもあながち嘘ではないのかも。 (Work Life, link)
電気スタック産業を支配する中国が信じる未来:超ロングリードながら価値ある記事。アメリカがAIに過度に注力する一方で、中国がエネルギーやアクションといった物理的世界の支配を着々と進めている。米国が持つ仮説は「知能を制するものが未来を制する」であり、一方中国は「知能が価値を持つためにはそれを稼働させるエネルギーと実世界に影響を及ぼすアクションが必須である」と理解している。中国が投資を続け実質的に支配する↓4つの革新技術群(日本も強かった領域)。すべての進化が統合され、エレクトリック・スタック全体のコストは1990年以降99%も低下している (Not Boring, link)
リチウムイオンバッテリー: エネルギー貯蔵(ソニーなど)
磁石・電気モーター: エネルギー→動き変換(住友特殊金属など)
パワーエレクトロニクス: 電力の精密制御(東芝、ロームなど)
組込みコンピュータ: 上記など全てを協調させる頭脳(シャープ、NECなど)
野生のサーモンが食卓に並ぶまで:1人の消費者が、アラスカの天然サーモンが漁獲されてから食卓に上るまでの道のりを追跡、その過程で明らかになったサプライチェーンの現実を語る体験ルポ。アラスカ・ブリストル湾で漁を行う小型漁船上でセットネット漁の過酷さを身をもって知り、テンダーと呼ばれる運搬船で漁獲物がごちゃ混ぜにされトレーサビリティ担保の困難さを知る。そして米国で生産されるサーモンの97%はアラスカ産の天然物ながら、消費の2/3は輸入の養殖物であるという不思議な真実に驚く。これぞルポ、いい記事でした。 (Food&Wine, link)
過剰診断・過剰治療の時代:不安障害、ADHD、自閉症といった精神疾患の診断が急増してるのは患者の実在数が増えているだけではなく、定義の広がりや診断・計測の過剰実施によるのではと語る神経内科医スザンヌ・オサリバン氏の著書『The Age of Diagnosis』の紹介記事。言葉のなかった苦しみに名前を与え人々を救う”贈り物”になり得る診断名だが、時に病名が自己認識そのものを形成し、時にはその人を閉じ込める檻になってしまう危険性もあるのだ。元医療スタートアップの偉い人として、健康な人々を患者に変えてしまうことで、本来不要な不安や、副作用のある治療を生み出してしまう危険性について常に自覚的でありたい。 (Derek Thompson, link)
豊かさがもたらす試練:食料、知識、エネルギーなどあらゆる面で前例のない豊かさの時代を生きているのに、あるいは生きているからこそ、私たちはそんな時代にアレルギー反応を起こしている。欠乏の時代に存在した”節約し、競争し、耐え忍ぶ”という明確な人生の脚本は消え去り、言い訳の余地を奪い去った上で、結局人生とは何のためか?という答えのない問いを避けることを難しくする。欠乏は私たちを鍛えたが、豊かさは私たちを怠惰や不満、退廃へと誘惑する。著者がいう「豊かさが時代の条件であるならば、貧困は私たち自身の内にある」、その通りですわ。 (Joan Westenberg, link)
ものづくり人の世界こそが文化の基層である:高尚な文化だけではなく、街場に、つくる現場に文化がある。 (Wireless Wire, link)
📙本
地下室の手記/ドストエフスキー:次のポッドキャスト課題本。心に来るものがある。 (link)
構想力の論理/三木清:形式論理の向こう側へ。 (link)
イン・ザ・メガチャーチ/朝井リョウ:宗教なき現代、あらゆるものが宗教になる。醜悪な存在がたっくさん登場する小説だった。 (link)
📻観た/聴いた
どん底/クロマニヨンズ:先週テニス試合ボロ負け後にカラオケで熱唱しました。どん底だからあがるだけ。 (link)
🧩感じた/感じている
しんがり/殿を務められる能力・気概を持つ人間の価値は時代に左右されない。
「元気があれば何でもできる」は99%の人・場面にとって真実。
だせぇことすんなよ、とだけ伝えたい振る舞いの多さよ。
🍵関心事
非睡眠ディープレスト/NSDRをどう日常に取り入れるか。 link
テニス・シングルス能力向上のために向こう1年何に取り組んでいくか。
「私とは、私と私の環境である」をどう腹落ちさせるか。
🥑活動報告
当社第8期初めての売上がそろそろ立ちます。売上はすべてを癒やす。
今週はずっと東京滞在。いろんな人とのキャッチアップ、お客さん候補への提案、合間にテニスジャパンオープン有明と小田和正ライブ@新横浜。刺激をもらって関西に持ち帰ります。
<お便りをお待ちしています>





