一緒に、声に出して読みましょう。この詩を求めていそうな友人・知人に転送して挙げてください。
『最初の質問』、長田弘
今日、あなたは空を見上げましたか。 空は遠かったですか、近かったですか。 雲はどんなかたちをしていましたか。 風はどんな匂いがしましたか。 あなたにとって、 いい一日とはどんな一日ですか。 「ありがとう」という言葉を、今日、あなたは口にしましたか。 ...(中略) このまえ、川を見つめたのはいつでしたか。 砂のうえに坐ったのは、 草のうえに坐ったのはいつでしたか。 「うつくしい」と、 あなたがためらわず言えるものは何ですか。 好きな花を七つ、あげられますか。 あなたにとって 「わたしたち」というのは、誰ですか。 ...(中略) 何歳のときのじぶんが好きですか。 上手に歳をとることができるとおもいますか。 世界という言葉で、 まずおもいえがく風景はどんな風景ですか。 ...(中略) 問いと答えと、 いまあなたにとって必要なのはどっちですか。 これだけはしないと、 心に決めていることがありますか。 いちばんしたいことは何ですか。 人生の材料は何だとおもいますか。 あなたにとって、 あるいはあなたの知らない人びと、 あなたを知らない人びとにとって、 幸福って何だとおもいますか。 時代は言葉をないがしろにしている あなたは言葉を信じていますか。
作者紹介:長田弘(1939–2015)は福島市生まれの詩人・随筆家。1965年の第一詩集『われら新鮮な旅人』で本格的に出発し、約半世紀にわたって言葉と日常の関係を考え続けた。初期は、都市、政治、戦争、メディアなどを扱う、硬質で批評的な詩で知られ、1980年代からより身近なテーマを扱うようになった。2013年没。
詩の紹介:代表作の一つ。1995年1月刊の『小道の収集』に収録。学校図書・中学3年国語教科書に採録されている。
私は信州・長野、そのなかでも”奥信濃”と呼ばれる地域の生まれです。18歳まで過ごした飯山市は、都心5区(千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区)の2.7倍の広さにわずか1.7万人が暮らす静謐の土地。市ホームページのファーストビューにジブリ感たっぷりの映像を採用する自然派地区。四方を囲む山たちが天気を知らせ、空はどこまでも高く、たゆたう千曲川が穏やかな時間を届けてくれるすてきな街。市HPのファーストビューはもちろん参道です。
お盆がくると出穂の予感がするくらい、私の五感は自然とともにあります。夏の夕立がくると思わず「いい雨やなぁ」と口からこぼれる。目にするもの、耳にするものすべてが時の物でした。
就職を機に東京で暮らすようになると、一日のなかで触れるものがまるで変わります。朝の移動で地下にもぐり、日中は機能的なオフィスビルの空中階に閉じ込められる。そこで交わされる会話、仕事として関わる道具やメディア、食事の仕方やそこで触れる素材、レストランの隣席から聞こえてくる会話、移動中に目に入る広告や周囲の服装。特段意識はしないのだけれど、静かに自身の水が入れ替わっていっていたのでしょう。
都市に馴染む中で、少しずつ、自分からこぼれ落ちていったものがあったのだと、いま振り返って思います。2018年、都市でありながら、山と川と海を讃える神戸へ移り住みました。思いのほか小さな街です。洒落た店や新しい建物が並ぶ場所から少し足を延ばせば、私が育った街に近い、濃緑と深茶の濃い風景が残ります。
長田弘の代表作、『最初の質問』は、こんな問いから始まります。
今日、あなたは空を見上げましたか。
いまの私は日々、この質問に「はい、もちろんです」と答えることができます。毎朝、空を見ながらとぼとぼとオフィスまで歩いているから。しかし、東京で働いていた頃に同じ質問をされたら、ほとほと困り果てていたことでしょう。空の見えない地下鉄に乗り、背中を丸めてなんとかオフィスのドアを開けていたのですから。
この詩は、多くの簡潔な質問が並べてきます。子どもたちなら難なく応えられそうな問いばかrちです。しかし皆さんどうでしょう。立ち止まり、言葉をかみしめ、頭のなかに何かを思い浮かべ、自分の一日やこれまでの暮らしを振り返らなければ、きちんとは答えられない日々を送る私たち。簡単な質問に見えるが故に、簡単に通り過ぎてしまうけれど、身体ごと向き合うのはなかなか難しい。
詩には、さまざまな役割があります。美しい情景を描くものもあれば、社会や時代を鋭く切り裂くものもあります。この『最初の質問』は、日々言葉と真剣に向き合う私たちが、読み、考え、言葉と向き合っていく前に、まず現在の自分の状態を確かめるための詩なのではないでしょうか。
あなたは空を見ているか。大切な人の声を聞いているか。自分の外にあるものを、きちんと受け取ることができているか。立ち止まり、応えてみましょう。
詩の最後、長田弘は、それまで並べてきた問いとは毛色の違う、強い主張を一つそっと置いていきます。
時代は言葉をないがしろにしている。
あなたは言葉を信じていますか。
題『最初の質問』がどれを指すのか考えます。思うに、この問いなのではないでしょうか。あなたは、言葉を信じていますか。
その問いにどう答えるのかを確かめてから、私たちはようやく、詩を読み始めることができる。あるいは、生を始めることが出来るのではないかとさえ思うのです。
参考:長田弘全詩集





