生きがいについて(1966年)
私たちは何を目指して生きているのだろうか。
人はどのようなときに生きがいを感じ、病気や喪失によってそれを失ったとき、どのように生き直すのかを考察する本。精神医学、哲学、文学、宗教などを横断しながら、生きがいを持つ人の心、生きがいを失った人の苦しみ、新しい生きがいが生まれる過程を丁寧にたどっていく。
中心にあるのは、生きがいとは単なる楽しみや幸福ではなく、「自分の存在には意味がある」と感じられることだという信念である。生きがいは仕事や社会的成功だけから生まれるものではなく、誰かを愛すること、何かを待つこと、使命を感じること、苦しみのなかに意味を見いだすことからも生まれる。一方で、生きがいを失った人に対して、安易に希望や努力を説くことの危うさもあるだろう。苦しむ人を外側から励ますのではなく、その人が生きる意味を再び見つけるまで、そばにいることの重要性を説いた一冊。
著者は精神科医の神谷美恵子。ハンセン病療養所の長島愛生園で患者の診療と研究に携わり、人間の苦悩や生きる意味について思索を続けた。1966年にみすず書房から刊行。
最近メシを食った相手に「のぞみさんって、頭のいい人とだけ働きたい、ってタイプだと思っていました」と言われた。そんな自己認識はないのだけれど、大いに反省した。日々の振る舞いに、何かがにじみ出てしまっているのだろう。私は全く聖人ではない。不健全なバイアスがそこかしこにあることを自覚している。だからこそ、私はたくさん本を読む。
いまよりもっと鼻持ちならない人間だったとき、頭をガツーンと殴られたのがこの本。著者・神谷美恵子は、エリート官僚の父を持ち、本人もスイスで学んだ知識人である。彼女は叔父からの誘いをきっかけに、医師としてハンセン病患者に奉仕しようと決意することになる。友人が精神分裂病を病んだことから精神医学にも関心を持ち、1944年に東京帝国大学精神科医局に入局、1949年に関西に居を移してから文筆活動を始める。1965年に長島愛生園の精神科医長に就任し、その翌年に出版されたのが「生きがいについて」である。
平穏無事なくらしにめぐまれている者にとっては思い浮かべることさえむつかしいかも知れないが、世のなかには、毎朝目がさめるとその目ざめるということがおそろしくてたまらないひとがあちこちにいる。
ああ今日もまた一日を生きて行かなければならないのだという考えに打ちのめされ、起き出す力も出て来ないひとたちである。耐えがたい苦しみや悲しみ、身の切られるような孤独とさびしさ、はてしもない虚無と倦怠。そうしたもののなかで、どうして生きて行かなければならないのだろうか、なんのために、と彼らはいくたびも自問せずにいられない。たとえば治りにくい病気にかかっているひと、最愛の者をうしなったひと、自分のすべてを賭けた仕事や理想に挫折したひと、罪を犯した自分をもてあましているひと、ひとり人生の裏通りを歩いているようなひとなど。 (kindle no.56)
「生きがい」というのは説明の難しい概念だ。その曖昧さと、一方で豊かな含みのある語感から、海外でも”Ikigai”、『自分らしい幸せや目的を見つけるためのライフスタイル哲学』として注目されている。しかしこの本で述べられている生きがいとは、もっと静かなものだとおもう。何かしているから、何かを獲得しているから生きがいがある、ということではない。もっと根源的な、存在の受容に近い概念に感じる。
自分の生が、この世界のなかで“生きるに値する”と内側から感じられること
人に生きがいを感じさせらる人こそ本物だとおもう。突然生まれ落ち、必ず土に還るのが人間だ。この短い生にあって、幸福や充実よりも、生きがいの方が大切なのだ。
もっと私は善い人間にならなくてはいけない。日々鍛錬、日々向上だ。



