祝婚歌、吉野弘
二人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい 立派すぎないほうがいい 立派すぎることは 長持ちしないことだと気付いているほうがいい 完璧をめざさないほうがいい 完璧なんて不自然なことだと うそぶいているほうがいい 二人のうちどちらかが ふざけているほうがいい ずっこけているほうがいい 互いに非難することがあっても 非難できる資格が自分にあったかどうか あとで 疑わしくなるほうがいい 正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい 正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと 気付いているほうがいい 立派でありたいとか 正しくありたいとかいう 無理な緊張には 色目を使わず ゆったり ゆたかに 光を浴びているほうがいい 健康で風に吹かれながら 生きていることのなつかしさに ふと胸が熱くなる そんな日があってもいい そして なぜ胸が熱くなるのか 黙っていても 二人にはわかるのであってほしい
作者紹介:吉野弘(1926–2014)は山形県酒田市生まれの詩人。会社員として働きながら詩作を始め、1953年に茨木のり子、川崎洋らの詩誌「櫂」に参加。1957年の第一詩集『消息』で注目された。日常の言葉や人間関係の小さな矛盾を丁寧に見つめ、平明な表現のなかに倫理的な問いを置く作風で知られる。「祝婚歌」「夕焼け」「I was born」「奈々子に」などが広く読まれている
詩の紹介:結婚する姪に向けて、結婚式に出席できなかった為に祝辞代わりに贈られた詩。のちに詩集『風が吹くと』(1977)に収録。
人は、よりよく完全、を目指す。健全な精神である。
しかしその完全さはついぞ達成されることはない。私たちは人間である。
しかしそれでもより良くあろうとすることは大切だ。私たちは人間である。
大切なのは、自らの正しさを前提にしないこと。
自分の愚かさを、不完全さを、誰かと一緒にいるときくらいは自覚するのが良い。
相手を非難する資格は、多くの場合、わたしたちにはない。
参考:吉野弘詩集



