こーべ通信:いったん負けよう。
2026年3月2日。
ここでは、対話という形式のもつ危うさが指摘されている。この二人は議論など始めなければおおよそ意見の一致した仲間であり続けられたのに、対話を通してささいな違いを互いに誇張し合うことで、まったく相容れない二つの陣営の代表者のようになってしまった。こうしたことは対面の場でも起こりうるとはいえ、互いの顔の見えないSNS、特にX(旧ツイッター)では毎日毎時の光景だ。あのプラットフォームで衝突している人びとの多くは、別の場所で出会うなら、穏やかに言葉を交わし合えるのに違いない。
片岡大右『解放的身振りと穏当さの勧め』 世界 2026年2月号 第1002号(岩波書店)p.233
将棋の対局が終わると、対局者はそれぞれ勝者、敗者として盤を挟んだまま一局を振り返る。感想戦といわれる慣習である。真理の探究、技術の向上、読み力の誇示、いろんな目的があるけれど、とある棋士はこの時間を「敗者のためにある」と言った。勝負が決した後に、もっとも生産的で魅力的対話が始まるのだ。当然アジェンダはない。説得する相手もいない。結果は揺るがず、確定しているからこそ、二人は「なぜそうなったか」だけに集中できる。相手の言葉に身を委ね、応答する。相手もまたそれに対して言葉をかえす。本来の意味での対話はこれである。
私たちの普段の対話はどうだろう。自分が「次に言うこと」を準備しながら聞いていないだろうか。反論や疑問がふと頭をよぎり、その処理をしている間、相手の言葉が耳に入ってこないことはないだろうか。自らの動機や利得に基づいた推論が先行し、結論が先にあり、情報を無意識にフィルタリングしていないだろうか。さて、相手から意外な言葉が飛び出して自分の準備が無駄になりそうなとき、すべてを放り投げて相手に応えることが出来ているだろうか。
私はひとりのコンサルタントとして、「話せばわかる」を強く信じてきたし、いまも信じている。だが最近、「話してもわからない・わかってもらえない」なんなら「話せば話すほどわからなくなっていく」領域が広がっているのではないかとさえ感じる。あらゆる所に勝負が持ち込まれた影響だろうか。負けたくない。恥をかきたくない。わかろうとしないことは、いろんなことで優劣がつく時代の防御反応なのかもしれない。(脇道。イランと米国の間で、本当に対話はあったのだろうか。空母打撃群配備やミサイル防衛体制を整えるまでの時間稼ぎだったと見る向きもある)
1932年、五・一五事件。銃口を向けられ「話せばわかる」と言った犬養毅首相はその直後、若手将校の凶弾に倒れた。しかし犬養は、頭部をうたれ、薄れゆく意識の中でも「今の若いモン、呼んで来い。話して聞かせることがある」と女中に言ったという。もしその将校が本当にその場に戻ってきたら、犬養の話をさぞ真剣に聴いたことだろう。そこまでの覚悟を持って話そうとする敗者から出てくる言葉を無視することは出来ないはずだ。
もし本当にわかってもらいたかったら、勝負の土俵から一度降りなければいけないのかもしれない。言論の場で勝つことは、だからどうだというんだろう。言葉で負けたとしても、わかってもらえれば良いシーンはいくらでもあるのだ。トラッシュトークの勝ち負けに拘って武力衝突になったら、基本的に勝者はいなくなるのだ。
「感想戦で一言目を発するのは負けた側」という暗黙のルールが将棋にはある。つくづく、良い習慣だと思う。
お便りをお待ちしています。
🥑素敵
DJI Mic Mini:ドローンで有名なDJIが出しているミニワイヤレスマイク。レシーバー含めてもポケットに入るサイズで持ち運び向き。これを付けていれば散歩中でもPodcastが収録できるし、ここでの配信音声も頻度を確保できそう。あまり活用できずに寝かせておいたものを掘り起こして再活用します。 link
無駄づくりなどなどクラブ by Marina Fujiwara:大好きなニュースレターです。自身が子どもを産んだ月の振り返り号が「じゃがりこアーマーづくり」の話から始まるの、最高じゃないですか? link
✏️読
DNAは設計図ではなく、対話である : 2000年、クリントン大統領はヒトゲノムを「人類の設計図」と呼んだ。あの一言が四半世紀、遺伝子決定論を支え続けた。だが神経科学者ケヴィン・ミッチェルが提案する新しい比喩は”生成AI”である。同じプロンプトから毎度異なる出力が生まれるように、同一ゲノムからも異なる個体が立ち上がるのだ。一卵性双生児でさえ自閉症の一致率は約90%止まりで、残りの10%は遺伝子の外側、発生ノイズが埋めることになる。世界と私たちの対話の種がDNAなのだ。link
平均寿命が後退するアメリカの病巣 : 1918年のスペイン風邪以来、アメリカが経験していなかった事態——平均寿命の長期後退が、2014年から続いている。Freedom Houseの政治的自由度ランキングは2010年の31位から51位へ転落。The Atlanticの特集が突きつけるのは、健康の崩壊と民主主義の劣化が同じ構造的病巣から生じているという診断である。健康を失った市民は制度への信頼を手放し、信頼を失った制度は公衆衛生を放棄する。この螺旋を、どの梃子で止めるのか。向こう2年間、何か対策が打たれることはあまり期待できない。 link
AIは仕事を楽にせずむしろ増やす : 「結局、同じかそれ以上働いてる」。米テック企業200名を8ヶ月追跡したHBR掲載の調査で、ある技術者が漏らした一言である。AIがタスクの処理速度を上げたことで一人あたりの職務領域が(優秀な人であればあるほど)際限なく拡張されることになる。速度向上が期待値を押し上げ、期待値がAI依存を深め、依存がさらにタスク範囲を広げていく世界。40件超のインタビューが浮かび上がらせたのは、この自己強化ループだった。生産性の実感はある。だが労働時間は減っていない。効率を追えば追うほど疲弊するこの逆説、AIの問題というより欲望の構造やないかいと。link
AIが乳がん検診の見逃しを減らした : AIは偽陽性を増やさずに、がん検出精度を上げる——その両立をランダム化比較試験で初めて証明したのが、スウェーデンのMASAI試験だ。10万人超を対象にしたLancet掲載の結果は明快で、AI支援群は従来より29%多くのがんを検出し、放射線科医の読影業務量を44%削減した。悪性度の高いサブタイプに限れば27%の減少。ただしこの成果は、スウェーデンの高度な検診インフラあってこそ成り立つ。AIが医療格差を縮めるのか広げるのか、舞台が変わるまで答えは出ない。link
中央銀行、住宅価格に利上げで挑む愚 : 家賃が上がったら利上げする。住宅コストが消費者物価指数の約1/3を占めることによって発生するこの論理(利上げによってインフレが抑制され家賃も下がる)は中央銀行に明確に存在している。ハーバード大のChodorow-Reichらの研究が示した因果は逆だった。利上げは建設コストを押し上げ、住宅供給を絞り、結果として家賃をさらに引き上げることになる。火を消すはずの水が油だった、という構図である。2000年代のバブルとポストコロナの急騰、2つの局面を検証してなお結論は同じ結論。供給制約が支配する市場に需要抑制で挑む矛盾を、中央銀行はいつまで繰り返すのか。link
国家がヘッジファンドになるとき : 対外純資産471兆円、33年連続で世界最大の債権国。我らが日本である。FT記事はこの国を「巨大なマクロヘッジファンド」と形容した。円安なら為替差益、円高なら評価損——政府・企業・個人が海外に積み上げたポジションは、通貨の振幅に連動して揺れ続ける。財務省のFX介入すら、ファンドマネージャーのポジション調整に見えるという皮肉。だが本物のヘッジファンドとの決定的な違いはExit/出口がないことである。GDP世界4位の経済がレバレッジドベットを続けるこの構造。ファンドなら皆持っているはずのリスク委員会が仮に存在しているとすると、この状況に何というのだろうか。link
PEがブランドを潰している : PEファームがブランドを買収すると、「3〜5年のイグジット!」の原則が企業行動すべてを規定し始める。この記事が描く解体の手順は明快である。均質化、過剰拡大、マージン最適化、そして負債の罠——4段階を経て、そのブランドが本来持っていた魅力はは構造的に消滅することになる。J.Crewは負債17億ドルで破綻し、Reformationは製造の75%を海外に移して素材をポリエステルに置き換えた。ただしモンクレールはカーライル傘下で時価総額40億ユーロのIPOを果たしてもいるのだ。ブランドが壊れるのが先か、ゴールテープに飛び込むのが先か。link
休眠望遠鏡が宇宙の番人になる日 : 1987年に役目を終えた口径46メートルの電波望遠鏡が、宇宙監視レーダーとして蘇った。カナダ・アルゴンキン天文台に設置された巨大アンテナは、10万km先の1m大の物体を捉えることができる。仕掛けたのはThothX社で、オーストラリアやポルトガルの望遠鏡も束ねてEarthfenceと名づけたグローバル監視網を構築中だ。背景にあるのは米国が主導する宇宙防衛司令部体制への依存脱却。カナダ軍の推計では同国GDPの約20%が宇宙インフラに依存しており、中堅国が宇宙で自律を保つコストをどうひねり出すのか。頭のひねりどころとなっている。 link
SNS禁止論を覆す10万人の逆説 : 「子どもからスマホを取り上げろ」——直感的にはそう言いたくなる。だがオーストラリアで10万人超を3年追跡したJAMA Pediatrics掲載の調査は、逆の結論を突きつけた。週12.5時間以内の適度なSNS利用者は、完全に断った層より精神的健康度がむしろ高いことがわかった。男子は思春期後期になると、非利用がむしろ社会生活上のリスク要因に転じると指摘されている。禁止か許容かという二項対立そのものが、問いの立て方を誤っていた。では適度の線を誰が、どの根拠で引くのか。これまた難しいお題だ。 link
パーキンソン病、真犯人は回路の暴走か : ドーパミン神経の死——長らくそれがパーキンソン病の正体だとされてきた。だが800人超の国際データが指し示す真犯人は、SCAN(身体認知行動ネットワーク)と呼ばれる脳回路の過剰接続。運動障害、認知低下、睡眠障害、消化不良と一見無関係な症状群を、この回路は一括で説明することができる。SCANを標的にした経頭蓋磁気刺激/TMSの奏効率は56%(なかなか上がらない…)で、従来の近傍刺激22%の2.5倍に達した。症状を抑えるのではなく、進行そのものを逆転させうるという仮説が臨床の扉を叩いている。30年代には社会実装なるか。 link
ゼロ金利世代が継いだパンクの炎 : パンクは死なず、変異していただけだった。1970年代ロンドンの失業者が生んだ怒りが、今度はゼロ金利時代に育った裕福で教育された若手世代からパンク音楽として噴き出している。格安航空とECで世界を知り、デザイナーブランドを着て私立校を出た若者たちが、卒業後には就職もできず住宅を手に入れることもままならない。香港のライブハウスでは国際パンクバンドPERSONAがパレスチナ支援募金とともにステージに立つ。期待を裏切られた世代の怒りは、かつてのパンクのように燃え尽きるのか。それとも別の形に結晶するのか。怒りを込めた芸術は常に社会の一歩先をみている。 link
📙本
世界 2月号 第1002号:冒頭に載せたのは『万物の黎明』等で有名なデイヴィッド・グレーバー追悼文章の一説。その他、英国におけるリフォームUK台頭の背景を描いたブレイディみかこさん論考や科学否定論の背景考察、パナマを巡る米中対立などの記事が面白かったです。定期購読をはじめ、さっそく3月号も届いたので読むのを楽しみにしています。 link
火星の女王:22世紀、人類が火星にコロニーを築き普通に(とはいっても超コストをかけて)地球と行き来している時代を描くSF作品。小川哲さんの世界観描写がどこまでも緻密かつ自然でストーリーにスッと入っていける。 link
パン屋再襲撃:村上春樹の短編集。飛行機移動の合間にAudibleで楽しみました。文章として読むと「そらありえへんやろ」となりそうなものが、耳で聴くとスッと入ってくる不思議。 link
📻観&聴
Midnight Pizza Club:俳優の仲野太賀、TVディレクターの上出遼平、写真家の阿部裕介3人が勢いでつくった旅クラブ、初めての行き先はネパール山中のランタン谷。その模様がPodcastで配信されています。旅行記本は読むのも聞くのも大好きだ。低音に伸びがあり笑い声が素敵な上出さんの声、好きです。 link
サザビーズWebマガジン:さすがオークショニアの運営。絵が美しいです。 link
🧩感
風邪で喉の調子が悪いとき、酒を飲むべきではない。声が出なくなるから気をつけて。
一昨年イランを旅しておいて本当に良かった。次いついけるか本当にわからない。(政治は別にして)美しい国です、再訪できる日を心待ちにしている。中東の向こう側に出張が入っている皆さまお疲れ様です。ルート取りが難しそうですね。
🍵関心
イランは、パキスタンは、ベネズエラはそれぞれ、ここからどこに向かっていくのか。米国-イランの衝突は長期化しそうで、内戦の可能性も指摘されている。ご安全に。生き残ることがすべてである。
明日はどんな形になっているのだろうか?
私たちはどんな姿で目覚めるべきなのか?
イスラム共和国の形のままなのか、それともイスラム共和国の後の形なのか?
そもそも、ちゃんと眠れるのだろうか?
明日目が覚めて、すべてが夢や幻想だったと分かるのではないか?正直なところ、明日がどうなるかはそれほど重要ではない。少なくとも、昨日より100%悪くなるわけではない。
しかし多くの人にとって一番大事なのは、自分たちの夢にたどり着いたということだ。それはとても素晴らしい感覚だし、本当に不思議な気持ちだ。長い間願ってきた夢に到達するというのは。
💼仕事
今週5日、急遽のお仕事で東京です。4月13-17日でまた東京。欧州・北米の代わりに日本を駆け巡ります。春の日本は美しいっすからね。
バンコク出張中からもりもりがんばっていたAIフル稼働環境整備(音声フル活用、セキュアさ担保、ふと思いついた時Push可、新業務拡張、その他ルーティン業務自動化)がやっと一段落。VPN/SSHのことをはじめて真剣に考えました。
お便りをお待ちしています。



