日記と論考:たゆたえども沈まず
薔薇の名前、記号論、親子うどん、ピンクイオン、江戸論、Morning Brewキャリア編、タトゥーが入っている大将の店、それしかないわけないでしょう、如水会、大学OB専用クレカ、繰上返済、一段落
📚日記
15日、金曜。『無限の記号』
うっすら体調が悪い中、ポッドキャスト次の課題本、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』を読む。14世紀、北イタリアの修道院でおきる連続殺人事件を修道士が解決していくお話し。記号学者エーコの語りはくどいし事件は残忍だしで、さらに体調が悪化する。1986年公開で映画化もされておりU-NEXTで観ることができる。
エーコの記号論は無限性を特徴としていて、「記号の解釈が次々と別の記号/解釈項を生み出す」「解釈の連鎖には絶対的な終着点はなく、人間は解釈を続けることでしか世界を理解できない」と言っている。同時に、記号とはつまり”非実在を語るために利用できるすべてのもの”のことであって、ウソをつく可能性こそが記号の本質だ、とも。宗教という記号、それを代表する聖典(記号の記号)、聖典解釈を巡って生まれた各宗派(記号の記号の記号)、各宗派同士が正統性を争う宗教議論(記号の記号の記号の記号)、それを元に発生する殺人や権力争い、異なる証言が新たな記号を生み出して・・・なるほど、エーコが言うことも尤もだ。
AIは記号の生成器である。そのAIがつくりだすコンテンツが溢れるいま、AI登場以前、なんならインターネット登場以前に書かれたものを積極的に読もうと思っている。記号の連なり、少し手前まで戻ってみたい。いま手に取っているのはピーター・ドラッカーの自伝『傍観者の時代』。めちゃくちゃに面白い。フロイトがしっかりディスられている。ぜひ読んでみてほしい。ドラッカー全集をよむ読書会、神戸で一緒にやりましょう。
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16日、土曜。『軽熱中症、ピンクイオンの力』
午前・午後、合計3時間ほどテニスをする。残り10分ほどで頭のふらつきを感じて休憩・自重。妻にピンクイオンをもらってなんとか回復。大事にならなくて良かった。今年の夏は医療機関に迷惑をかけずに過ごしたい。ピンクイオン、大量にストックしておこう。屋外作業が多い方や夏バテ気味の方におすすめです。
橋本治『江戸にフランス革命を!』を読む。これもAI登場以前の文章。迫力がある。確かに、我慢の対象が苦痛・苦労というよりも贅沢になっているのではないか。私は最近何を我慢しているだろうか。
余分なものを位置づける論理がないからって、それを野放しにしてただの"贅沢"で終わらせちゃう考え方はもうやめた方がいいと思うね。現代っていうのは、贅沢を黙認する寛容にして曖昧な江戸時代であり、と同時に、そのことを「それは個人の自由だ」というセリフで置き換える、近代という第二の予定調和の時代なんだよね。だから、「贅沢として規定されるものが "個人"というものの核だ」って言うんだけどさ。
江戸の番頭・手代のたぐいが、なんで「寮完備、三食付き、制服貸与」の生活に我慢出来たのかっていえば、人間の基本生活がそれだけだったからですね。生活とは"それ"である。つまり保証された衣食住をこそ生活というってのが江戸的な常識だったんだから、我慢もへったくれもない。そこに"我慢"というものが存在するんだったら"贅沢を我慢する"ということでしかない。
『橋本治とは何だったのか?』なるムックも見つけた。いつか読んでみよう。




