こーべ通信:どこまで進むの資本主義💸
別府〜神戸のフェリーより、Enhanced Games、計測できるものの論理、阿蘇の牛、くじゅう花公園、竹やぶ、驚くべき少子化のペース、少年ホッケーまで投資商品に、老人起業家・ヴォルテール、趣味は自衛インフラ、都市から消えゆく友情、ドラッカー自伝、さらば単独『九官鳥』、下半期・来年へ。
今回は予約投稿でお届けしています。いつもの時間を目指すと、私は瀬戸内海を進むフェリーの中にいるはずで、12時間の航海中わずか1時間だけ使えるかつ貧弱なWifiに頼るのはあまりリスキー。ということで、出航前、大分・別府で書き上げてお届けです。
薬物を全面的容認で行われる別名「ステロイド五輪」、Enhanced Gamesの第1回大会が今日5/24までラスベガスで行われており、どんな結果になったのか。下船後映像を確かめるのを楽しみにしています。バカみたいに早いバタフライとか、しなりまくったバーベルを上げるウェイトリフティングなど。50名のクレイジーアスリートたち。

エンハンストゲームズは「人間の限界を突破する新たなグローバルスポーツ」と定義づけ、「完璧な管理の下、科学とイノベーションを通じて競技力を増強させ、伝統的なスポーツに挑戦する」と主張した。アスリートの卓越性に対する報酬、科学的イノベーション、人間の可能性への挑戦などがスローガンだ。 …(中略)
薬物服用後に肉体が大きくバルクアップした動画をSNSに投稿して話題となったマグヌッセン氏は「副作用の兆候はない」と伝えた。マグヌッセン氏は「週に30時間トレーニングをすることは身体能力を向上させるが、健康には良くない。身体能力を極限まで高めるのもそれと同じではないか」と抗弁した。
韓国体育大学のキム・ホンシク教授は「エンハンストゲームズに賛同したくはない。しかしこの大会を非難する根拠を見つけるのも難しい。人間の欲望や資本の追求により、こうした流れはさらに爆発的に拡大する可能性がある」とし「IOCが危機として受け止めるのも無理はない」と話した。 link
正論と正論のぶつかり合いだが、私は選手側の気持ち寄りである。コーチや監督の非科学的かつ暴力的なしごきが(たとえパフォーマンスが向上しなくても)OKとされ、科学的管理の下で実施される薬物投与a.k.aドーピングがなぜダメなのか。『だめなものはだめなのです』以上のまともなロジックを提示できる人は果たしているのか。前提をぶっ飛ばして目の前の規範を守り抜くのがIOCやら理念団体の存在意義でしょう、っていうのはもちろんわかるのだけれど。
お金はもちろん、タイムやスコアなど、計測できる指標をとにかく突き詰めるのが現代の好みである。なので、計測できるほとんどのものを一挙に扱うスポーツは向こう数年いろんな議論を巻き起こす中心の一つになるはずである(だからマーケティング絶対企業ほどスポーツチーム・リーグのスポンサーになる)。ドーピングの正当性しかり、選手が受け取る賞金配分然り、ジェンダー区分しかり、ギャンブルとの関係しかり、である。もちろん小難しいことが色々ある。そして小難しいことは、英雄がひとり現れれば万事解決するものではない。多くの人が割を食って、時には人生そのものが剥ぎ取られるような経験が積み重なり、たまに悪徳企業(のごく一部)がやり玉に挙げられつつ、時間をかけて社会のなかに「まぁここが落とし所だよね」という合意が出来ていくものである。小難しいことは、曖昧な社会合意で決着させるしかない。ロジカルマンの仕事は少ない。
納得のいかないこと、ため息をつきたくなるようなことばかりだ。それでも毎日は続いていく。毎日を少しでも充実できるものにするのがいい。ごちゃついた諸々をいったん脇に置いて、ただ禄を食むことに立ち返るのもよいだろう。贅沢を前提にするから不満が出るのであって、生活を中心に置く人はただ生きるのみである。雄大な中で迷い無く生きる、阿蘇の牛たちに学ぶべき時代だ。
お便りをお待ちしています。
💼心惹かれたもの
くじゅう花公園 年間パスポート:大分・熊本に住んでいたら絶対に加入していただろう年パス。まさかの4千円。USJ一日入場券の1/3価格で1年間入場自由で、ドッグランを走り回るかわいい犬を眺め放題。これを理由に移住まである。いいところでした。 link
竹やぶ:長くコーチングをご一緒している戦友にご紹介いただいた、玖珠にある鶏の名店。テイクアウト専門だけど店前で立ち食い推奨。焼き鳥とたたき、どちらも逸品だった。 link
✏️読んだ/読んでいる
📃記事
世界中で劇的なペースで少子化が進む:2023年、国連による韓国の出生数予測は35万だったが実際は23万。中国で子どもを持ちたくない若い女性は2012年の5%から、2023年に47%へ跳ね上がっている。メディアは気候不安や住宅費高騰を槍玉に挙げているが、冷静に分析をすると長期的な原動力は女性の教育・労働参加の拡大である(ポリコレ懸念で誰も指摘しないけれど)記事著者が指摘するのは、人口減少ペースそのものが加速しているということ。アフリカを含むほぼ全大陸が置換水準割れの現状。子を産まない選択がデフォルトになりつつある。 link
子どものスポーツ/習い事が金融商品になる未来:米東海岸のユースホッケーチームが、PE(プライベートエクイティ)に買収された。Black Bear Sportd Groupは氷リンクとリーグを次々と掌握し、月37ドルの映像配信サービスを設けた上で、親が自分の子の試合を撮影することを禁じた。資本主義の最先端ってすごいな。NHL風の個別スタッツ、優勝リング、選手は毎年最強チームへ再配置される。チームワークでも継続でもなく、個人成績と利潤がトーナメントの設計原理に置き換わっていく。大学スポーツまで相当に商業化された米国、いまやティーンエイジャーのスポーツも企業のためのものになったのか。果たして、このリーグから育った子どもたちは果たしてどんな大人になっていくのだろう。link
資本が”喜び”と切り離された世界で:初期インターネット時代のシリコンバレーは”喜び”を原動力として会社や個人が動いていた、と記事著者ベンカテシュ・ラオは書く。創業者と投資家のあいだに「好奇心と驚きが変革的テクノロジーの初期信号である」という暗黙の合意があり、傍目からは奇妙にしか見えないものにも資金が投じられ、低金利環境がこの探索を支えたという。だがこの10年、エンジェル投資家やVCは年金基金やPEと同じ制度的資本スタックに飲み込まれ、感度を失ってしまった。残ったのはただリターンを数字で積み上げるだけの防守的な配分機械である。喜びを循環の中に盛り込めないのであれば、次の10年も同じ巡りが続くことだろう。田中心の声:それの何がおもろいねん。 link
76歳で起業家になった啓蒙思想家・ヴォルテール:「私はあなたの意見には反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」「偏見とは判断を持たない意見である」等の言葉で有名な思想家、ヴォルテール。彼は貧乏人では無く、1729年には国家宝くじの設計ミスを突いて荒稼ぎし、ロレーヌ公の株式でも利益を上げ、それらの資金を貸し付けることで十分な収入を持ちつつ著作を書いていた。彼は76歳でジュネーブを逃げ出した時計職人移民を集め、現在価値で€1千万以上の売上を誇るスタートアップを立ち上げた。住宅を用意し、工房を作り、税優遇を取りに行き、無利子融資をつけ、自宅の劇場を工房に変え、販路を海外に広げ(スペインやトルコ、チュニジア等)、金や原材料の調達することまで自らやっていた。劇作家としての仕事を続けつつである。これぞ社会起業家の理想像、見習わなくてはいけない。 link
地中から湧き出す天然水素:クリーンエネルギーとして注目を集める水素だが、現在流通しているものはほぼ化石燃料由来で、グリーンだブルーだ、再エネに基づくものは1%未満である。白色水素/黄金水素は蛇紋岩化作用と呼ばれる地質プロセスで自然に生成され、米国地質調査所によると地殻内に5.6兆トンが存在すると推計。そのうち2%を採掘できれば200年分の水素需要を賄える計算となる。実際、バイエルン州の森では500ppm超が検出されていて、フランスやマリ・ブラケブグ村では既に部分的な商用利用が始まってる。地下に眠る新しい資源の可能性を、私たちはまだ十分に織り込めていないのかもしれない。link
コーヒー「ほどほどに」→「飲んだほうがいい」:1652年、パスクア・ロゼーがロンドンに初の喫茶店を開いたとき、広告にはコーヒーが肺結核・痛風などに効くと書かれていた。誇張ではあったが完全な嘘でもなかったかもしれない。最新の大規模研究によれば、コーヒー摂取量と認知症リスク低下のあいだに強い相関がある。カフェイン単独ではなく、ポリフェノール群を含む混合の作用が神経炎症や血流に効いている可能性がある。依存しない程度にしっかり嗜んでいこう。link
趣味は気晴らしではなく『自身を守るインフラ』:18歳から趣味を捨て仕事・執筆だけを人生の軸にしてきたライター、ハンナ・エウェンズが2022年に雑誌社を解雇された。自己の拠り所を失った彼女は乗馬や演技へと手を伸ばしていく。この記事で語られるのは「振り返れば、仕事は心の雑音を消す装置だった」という内省である。趣味は気晴らしの装飾ではなく、自分を仕事から守るインフラなのだという見方が立ち上がってくる。アイデンティティが単一の一本柱だと、それが折れたとき何も残らない。あなたは何本脚の椅子に座っているだろう。たまに確かめておくのもいいかもしれない。link
愛は相手の拡張に投資する姿勢:このニュースレター著者、ヘンリック・カールソンが書く、妻ヨハンナとの関係を綴ったシリーズの5本目。相手の像を固定してそれを愛するのではなく、変わり続ける相手と自分を一緒に巻き込みながら進む共進化のループとして関係を捉え直すこと。受容と変化は対立しない。「自分をそのまま受け入れたとき、私は変わる」という前作の文を引きながら、相互変化の関係性を丹念にイラストレーションをしていく。パートナーシップとは、安定した関係というよりは、共に未完成であり続ける契約に近いのかもしれない。link
都市から友情が消えていく:深夜1時40分に鳴った友人からの電話。著者はそれをきっかけに、大人の友情が静かに溶けていく様を描く。恋愛の終わりには映画や詩や共感が用意されているが、友情の喪失を支える文化インフラはあまりに貧弱である。返せなかった電話、別速度で展開するそれぞれの人生、その積み重ねが関係を薄めていくのだ。学校や大学は物理的近接性を強制する、振り返るとありがたい制度・機構である。仕事目的都市で働く生活が、少しずつその恩恵を削り取っていく。仕事が感情の余力を吸い取り、週末は単独での心身回復に消費されていく。最も維持コストの低い関係から最初に消える、というだけの話なのだろうか。果たして、私たちは何をしているのだろうか。 link
未来は技術ではなく集合的無意識から来る:未来はテクノロジーやトレンドの観察から来ない、とフューチャリストのジャスミン・ビナは言う。それは時代の集合的無意識にすでに宿っている。フューチャリスト、小説家、起業家、占星術師は手法こそ違えど、レイモンド・ウィリアムズが”感覚の構造”と呼んだ同じマトリックスに到達しようとしている。COVIDは新しい孤独や格差をつくったのではなく、すでに潜在していたものを意識の表面に押し上げただけだった。AIの形もまた、私たちが共有する神話と信念体系が決めている。技術の壁ではなく、組織と社会の無意識こそが未来のボトルネックである。私が日々向き合うコンサルティングの現場感覚に通底する見立てだった。 link
📙本
江戸にフランス革命を!:カバーストーリーとも、↓ドラッカー自伝とも通じる橋本治の贅沢論。他の著作も読んでみよう。 link
現実生活があるということは、そこに会話がある、ということである。言葉は論理の未端であって、言葉があれば論理もある、論理があれば現実に侵されるというのが、江戸のドラマの原理でもある。 人間というものは、自分の持っている言葉の量に比例してしか"想像力"というものを持てないものなのかもしれない。
傍観者の時代(ドラッカー名著集12):ドラッカーはめちゃくちゃ字が汚かったようで、それだけでグッと身近になりました。フロイトやポランニーなど、別文脈で知った偉人がふわっと登場するこの自伝。いちばん面白いドラッカー著作だと思う。マクルーハンのメディア論、そろそろ本腰を入れて勉強しなくてはいけない。 link
📻観た/聴いた
さらば単独『九官鳥』:下品で最高でした。40歳男性は既婚者の方がモテるとのことだったのですが、先人の皆さま、本当ですか?? link
ザ・クロマニヨンズ「どん底」:↑幕間で流れていて、改めてめちゃくちゃいい曲でグッときました。どん底だから、上がるだけ。 link
🧩感じた/感じている
旧友に会いに行こう。さよならだけが人生ならば、さよならの残弾が人生の残り時間である。まともな友人がいなければ、さよならを言うことさえできないのだ。
大分、温泉県を自称するだけあり、名湯だらけでした。またフェリーに乗って訪れたい。またバイクに乗ることがあれば、舞鶴から北海道への二輪旅に出よう。
🍵関心事
次の15年、何に取り組むか。
詩との向き合い方。いつか時間をつくって、じっくり漢詩の勉強がしたい。
🥑活動報告
気がつけばもう6月、上半期最終月。5月のうちに、この数ヶ月の一大懸念事項に片がつきそうで本当に良かった。下半期は収束と仕込みの時間。健康管理とトレーニングに精を出したいと思います。
お便りをお待ちしています。




