ドラッカーと競馬場が教えてくれること🐎
イノベーションとマーケティング、ジュウリョクピエロ・今村聖奈騎手、
長くオフィスの棚に居座っていたドラッカー全集に、いよいよ手を伸ばし始めた。仕事や企業のことをほとんど知らないまま戦略コンサルタントとしてキャリアを始めたのだけれど、ここまでまともに経営論に触れることなくやってきてしまった。それでもなんとかなるくらい、事業も経営も多様で複雑であり、同時に、巷に溢れる経営論の多くは真面目に読む価値がない程度に軽薄でもある。コンビニの生みの親・鈴木敏文氏をはじめ、多くの経営者が心酔するドラッカーにも、40歳手前まで縁がなかった。
こうなってしまったのも、最初の出会いのせいである。はじめて私にドラッカーを紹介してくれた人は、怪しい自称マーケターだった。彼は「ドラッカーは『事業はマーケティングとイノベーションだ』と言っていて、私はその両方の専門家なんです」と売り込んできた。当然、私は拒否した。最近ふと思い出して名前を検索すると、Web3だ仮想通貨だコミュニティだと叫ぶ記事だけ残して、ほぼ消息不明になっていた。あの邂逅以来、私はマーケティングとイノベーション、その両方を軽々しく語る人が少し苦手である。正直に言えば、マーケティングより営業の方がよほど大事で、イノベーションを大声で連呼する人間にはろくな輩がいないと思っている。仲人に恵まれない見合いだった。
それでも、ジェフ・ベゾスは幹部候補生に必ず『経営者の条件』を読ませると言うし、柳井正は『わがドラッカー流経営論』という本まで出している。やはり読まないわけにはいかないなと重い腰を上げたのが昨年で、ようやく一冊目を開いたのがこの5月である。代表作『現代の経営』に、あの有名な一節が出てくる。。
“Because the purpose of business is to create a customer, the business enterprise has two—and only two—basic functions: marketing and innovation.”
企業の目的は顧客の創造である。したがって企業には二つ、しかもこの二つだけの基本機能がある。マーケティングとイノベーションである。
読み進めると、ドラッカーが言うマーケティングもイノベーションも、いま私たちが雑に使っている言葉とはかなり違うことがわかってくる。彼にとってマーケティングとは、モノをうまく売り込む技術ではなく、事業全体を顧客の視点から捉え、そもそも無理な販売努力を不要にしていく営みである。イノベーションも、技術革新のことではない。顧客価値の作り方を変えうる、あらゆる工夫のことだ。あれ私、ドラッカーのことを案外好きかもしれない。
この「顧客の創造」と、そのためのマーケティング、そして道具としてのイノベーション。その全部が詰まった事例が、私はJRAのジョッキーカメラだと思う。ゲートインからスタート、道中のポジション争い、最後の叩き合い、そしてレース後のやり取りまで、騎手の視点からノーカットで映る。演出も字幕もない。ただ仕事の現場だけがある。馬券を買って当てたいだけなら、自転車でも船でも、なんなら違法カジノでもいいはずだ。(参考: ”Everyone is Gambling and No One is Happy”)それでも人が競馬に惹かれるのはなぜか。彼らが本当に見たいものは何か。そこを突き詰めた結果が、この映像なのだと思う。
先週オークスのジョッキーカメラ(ジュウリョクピエロ・今村聖奈騎手)もすばらしかった。馬群の中で位置を取り、最後の直線でぎりぎりまで我慢し、クビ差でねじ伏せる。史上初の女性GIジョッキーが誕生し、今村騎手が馬をねぎらい、負けた騎手たちが次々に祝福の声をかける。熱狂する数万人の観客の前をウイニングランで駆け、厩務員や関係者と涙の祝福。この数分の映像に、馬券の当たり外れよりずっと大切な「仕事の本物感」が詰まっている。馬と騎手が一体になって走り、厩舎がそこに全力を注ぎ、観客はその切迫感を追体験する。顧客が本当に求めていたものは、ただのギャンブル情報ではない。人馬一体の競技であり、そこに賭ける人たちの剥き出しの仕事だったのだ。
ドラッカーを読むと、マーケティングとは「売ること」ではなく、「顧客が何を価値だと感じるかを見抜き、組織全体をそこへ寄せること」だとわかる。イノベーションも同じで、派手な技術の話ではなく、その価値の届け方を変えることなのだろう。ジョッキーカメラは、競馬の価値をもう一段深いところで捉え直した。この取組を提案した川田将雅騎手はドラッカー愛読者なのかもしれない。
事業や組織のことを真剣に考えたいなら、教科書だけ読んでいても仕方がない。現場で何が価値として立ち上がるのかを、自分の目で見に行く必要がある。(後段紹介する『戦略的直感を鍛えるには集めるな、捨てろ』もそんな内容だ)週末の競馬場には、馬券を買わなくても楽しめる顧客を増やそうというJRAの強い意志がある。ららぽーとやソラマチとはずいぶん顔つきの違うフードコートを歩き、トラックの内側の芝生に座ってドラッカーを読む。そんな一日は案外、数十万する経営セミナーより多くのことを教えてくれるかもしれない。
お便りをお待ちしています。
💼心惹かれたもの
Oura 5:睡眠リング・Oura。過去試してきたIoTの中でも最高の何かで、唯一の「もうちょっとなんとかしてほしいな」ポイントの大きさが、この6月発売のver.5で前モデル比40%比小型化したことでいっそう魅力が高まる。買い換えるぞ。 10%オフの紹介コード付きURLをおいておきます。夏のボーナス間近の方、半導体株で大儲けした方など、ぜひご購入くださいませ。 link
純温泉協会:大分で訪れた西方の湯があまりに気持ち良く調べていたら出てきたWebサイト。『自然のままの温泉(純温泉)が守られ、多くの方に認識され、そして価値が高まるために』まっすぐな目的だ。兵庫だと西宮に2つ、有馬温泉で1つ。いってみようかしら。 link
✏️読んだ/読んでいる
📃記事
数値で測れないスポーツ選手の影響力:今年限りでの引退を発表している仏テニス選手、ガエル・モンフィスは四大大会を1度も制していない。ATPツアー13勝という数字は、同世代のジョコビッチやナダルと比較すれば見劣りする(とんでもない数字ではあるんだけれど)。それでも2026年全仏オープン、彼を観るために観客席はいっぱいになった。赤土を収めたガラスケースが贈られ、彼と親しいことで知られる大坂なおみは「彼が黒人選手たちに示した代表性は計り知れない」と語った。ジョコビッチは「彼のことを嫌うテニス選手はひとりもいない。それが彼の偉大さだよ」と言う。影響力とは、本質的に数字で測れないものである。同じ1点でも、モンフィスの1点は観客に大きな何かを感じさせるのだ。link
発電よりも送配電網整備が問題だ:米国では毎年5,000マイルの高圧送電線整備が必要とされるが、2024年の完成状況はわずか888マイルに留まる。電力網への接続待ちは2,060GW超に達しており、これは米国の既存発電容量に匹敵する規模である。IEAによれば2025年のAI向け電力需要は50%増の見込みだが、電力インフラの整備は10〜20年単位で動くためこの需要に追いついていない。AIの速さと電力ハードウェアの重さ、その非対称が今後最大の制約の一つである。物理インフラの限界が、デジタルの野心を地面に引き戻している。link
闇金ウシジマくんの世界にAIが登場:債権回収は、人間が最も敬遠する仕事の一つである。債務者に対して「払わなければならない」という心理的負荷を与え続けるためにこまめに連絡し、時に感情も駆使する。人間の回収員は疲れるし、感情を引きずるし、結果業界全体として債権回収員の高い離職率は問題化していた。最近新たに登場したAIエージェント・イヴは債務者の氏名と未払い金額を正確に把握し、丁寧に支払いを促す電話をかける。何より大事なのは、金額の多寡にかかわらずAI債権回収員はしつこくフォローアップを続ける。そして債務者に合わせて口調や論理を細かく調整することも可能だ。面白いのは、債務者側もAIを使いはじめていること。借金を巡ってAI vs AIでやり合う姿、人間がつくってきた世界感があって大変よい。 link
ユーモアを駆使するAIならミスが許される:AIは人間より完璧さを期待され、わずかなエラーでも過剰に批判されやすい(AIの能力や倫理感、既に並の大人のはるか先を行っている)。1,919人を対象にした合肥工業大学とウォートンスクールの共同研究では、AIがミス直後に自己卑下型のユーモアを用いると、ユーザーの許容度が有意に上昇した。アルゴリズムの限界を自嘲する表現が、批判の感情的強度を和らげる。これは人間社会でもおんなじで、私がユーモアを大切にする一つの理由でもある。批判ばかりの現場で仕事をしており、そこにこそコンサルタントの価値があるので。 link
これからのネット社会には『コストコ』が必要:日本だとバカデカ小売店のイメージがあるコストコだけど、彼らの提供価値は顧客にとっての商品選択肢を絞ることで、比較・調査のコストを顧客に代わって引き受けることにある。どれだけ店舗面積が増えようと、扱う商品点数は約4,000品目に厳選し続けた歴史があり、その背景にある洞察は『根拠なき多品目羅列は顧客の認知負荷を高める悪』と知っていたからだ。AIが文章や画像を限界費用ゼロで生成し続けるインターネットは逆の場所になりつつある。無限の選択肢を与え、調査・比較・検証の全コストをユーザーに転嫁しようとする。トースター1つ買うにも、参照できるレビューは無限にあり、比較軸も無限に存在し、何時間も費やせてしまう。私たちがインターネットに求めていたのはこれなのだろうか。自由と負担は紙一重で、多くの場合インターネットは後者を届けてしまっている。キュレーション欠如の行く先は、豊かさではなく疲弊だったのだ。有料メディアの増加が嘆かれているけれど、コストコのような年会費付きネット空間だと思えば、自然な進化なのかもしれない。 link
戦略的直感を鍛えるには集めるな、捨てろ:未来はすでに人々の感情の中に分散されている。技術トレンドや統計よりも先に、名前のついていない複雑な感情として立ち上がってくるのものだ。戦略的直感とはそのシグナルを拾い、言語化し、行動に変換する力である。記事著者は、誰かが言語化してくれた知識を増やすことよりも、自身や身近な他人が感知したそのシグナルを取捨選択する決断力を鍛えることが直感を磨く鍵だと言う。集めれば集めるほど賢くなるというわけではないのに、コンサルタントやストラテジストほど、頭でっかちな道を突き進んでいる。データで武装するほどに、シグナルに対する反論ばかりが積み上がる。それで仕事をした気になっているの? link
経済学的直感を実証せよ:2014年にシアトルが15ドルを導入すると、大方の経済学者が予測するような雇用喪失は起きなかった。むしろ10万人が昇給し、経済は好調を維持したのだ。このデータは保守州を含む全米に波及し、最低賃金論争の前提を覆した。私たちが持つ、覆されうる暗黙の前提には何があるだろうか。なお、経済理論では当たり前とされる「減税→経済成長」のロジックだが、実証的な証拠はほとんど無いとされる。私たちの政府は、消費税減税をすることで何をしようとしているのだろうか。 link
Google元社員が教える”Less Want”真の力。:FIREムーブメントは「X年後の退職」を目標にするが、達成後の活力が持続しないことまで想像が及ばない人で溢れている。記事著者は、欲求が高まるままに収入でなんとかバランスをとるゲームをやめ、欲求の量そのものを問い直すことが本筋だという。自分の欲求を冷静に見つめ、非対称な賭け(ローリスクでリターンが期待できる場所)を選び、「働かなくていい額を稼ぐ」ではなく「働きたいと思える状態を維持する」方針へと切り替える。収入を上げることより、欲求を下げることのほうが本質的なアプローチとなり得る。確かに難しいけれど、実行できたときのインパクトは計り知れない。 link
心のデフォルト:私たちひとりひとりに、目の前の出来事に無意識で適用している”知覚レンズ”がある。Aさんは失敗や孤立の恐怖から常に起きてもいない危機を探してしまう。組織を救う有能さを発揮するシーンもあるものの、ときに「あの人神経質だよね」と裏でヒソヒソ…一方Bさんは、すべてうまくいくと無根拠に信じる楽天家。責任感の薄さと引き換えに、機転という武器をぶん回して場を納める。どちらが優れているかは時と場合によるけれど、大事なことは自身や周りのデフォルト状態を把握しておくこと。普通にしているとどちらに寄りがちかを自覚しないまま動いている人は、環境が変わったとき驚くほど脆くなる。強みと弱みは同じ源からうまれてくる。すべてはまず理解することから。 link
📙本
ドラッカー名著集2 現代の経営:OKRだったりKPIみたいなものに感じる違和感の理由が少しずつ見えてきた。 link
マネジメントとは、事業上の多様なニーズと目標をバランスさせることである。そのためには判断が必要である。一つの目標だけを探求することは、つまるところ、この判断を不要にするために魔法の公式を求めることである。判断の代わりに公式を使うことは、常に間違いである。われわれがなしうることは、焦点を絞り、事実を集め、意思決定と活動の有効性についての尺度を用意することによって、判断を可能にすることである。そのためには、企業の本質からして複数の目標が必要である。
それでは、それらの目標とは何か。答えは明らかである。事業の目標は、事業の存続と繁栄に直接かつ重大な影響を与えるすべての領域において必要である。すべての領域とは、マネジメントの意思決定の対象として考慮に入れるべきすべての領域である。 (p82)覇者の驕り:自動車・男たちの産業史:将棋棋士の増田先生がインタビューで『デイビッド・ハルバースタムが面白い』とおっしゃっていたのに惹かれて私も購入。米国政治・産業・スポーツを幅広く取り扱ったノンフィクション作家で、文章がめちゃくちゃうまい。この本はオイルショック以後の米国自動車産業の没落と日本車の台頭(特に日産)を描いた本なのだけれど、あらゆる大企業病・大産業病に通底する何かが描かれている。 link
📻観た/聴いた
『ロンドンにとってパブは社会インフラ』 “What It Takes to Run One of London's Most Popular Pubs“:パブはバーではない、という。バーは酒を飲む場所だが、パブは、階層の違う人間が同じ空間で肩を並べ、会話し、少し混沌を許容する民主的サードプレイス。対談では、パブは人・空気を”comfortable, safe, happy, welcome”にする仕事だと定義する。パブにとっての商品はビールではなく、安心して偶然が起きる環境そのものである。これはスタバが提唱してきた文脈よりも、もっと土着的で、ノイズ許容度が高く、参加者の身体性に由来するものである、と。面白い話だった。
『資産形成は独立を目指して行うもの』”Morgan Housel: The Wealth Secrets No One Teaches You” :Morgan Houselはお金を心理の観点から眺めている。富は金額の大きさではなくその変化率で幸福感に変換されること、”幸福”と”満足”を混同することが不幸の始まりであること、投資はリターン最大化よりも生存確率最大化を目指すべきであること、資産で買うべきものは拒否権であることなどを語っている。含み益のでかさをSNSで自慢している人がなぜスベっているようにみえるのか。全部説明してくれた。
🧩感じた/感じている
"FUCK YOU" KEYBOARDが届きました。「業務用途や重要データ入力用途には使用しないでください」の説明に笑ってしまった。
36歳、11回目の挑戦でやっとダービージョッキーになった松山弘平騎手、ほんまにうれしいやろな。拗ねず腐らずやり続ける人だけに開ける世界がある。
そろそろ本格的な株式不況を心配すべきタイミングがきている。
🍵関心事
この夏、スーパーエルニーニョがどんな影響をもたらすか。経済が冷えて、そのままの流れでぐだぐだの米国中間選挙になったらエラいことになりそうだ。
イランの88日間に及ぶネット封鎖が終結したようで。この期間、イランの人たちの生活がどんなものだったのか、だれかロングリードを書いてくれないだろうか。書籍化してくれたら確実に買って配ると思う。
バルコニーで育てている紫蘇が溢れはじめている。どんな料理をしようか。
🥑活動報告
7/13-7/17で東京出張です。うまい呑み屋にいこう。
お便りをお待ちしています。


